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犬の話をさせてくれ。もう三十年近く前に死んでしまった犬の話だ。 近所の白犬が子犬を生んだ。一匹がうちにもらわれてきた。四匹生まれたうちの一匹だ。残りの三匹は母親似の白い美犬だったが、みんな雌だった。一匹だけの雄犬は、茶色のボディに顔面だけが真っ黒。あたりをうろついていた薄汚い野良犬にそっくりだった。あの頃はまだ保健所の仕事もいい加減だったから、田舎には野良犬が普通にいた。 「不細工だけど雄だしね。子犬ができたら大ごとよ」 母はそういいながら段ボールから不細工な子犬を引っ張り出した。不細工だったけど子犬は子犬というだけで可愛かったから飼うことにした。 子犬は物覚えが悪く、おすわりしか覚えなかった。お手を教えようとすると、天に向かって悲しげに遠吠えした。無理だったのだ。 「仕方ないな」 と子犬はあきらめられた。ちなみに残りの白い子犬たちは賢くて、あっという間に待てと伏せを覚えたらしい。でもその子たちは雌犬だったから一匹しか貰い手は見つからなかった。あとは保健所に行った。 犬の生き死には、能力に関係ない。運だ。 母犬はそれからすぐに亡くなって、野良だった父親も保健所に捕まったから、犬には人間だけが家族になった。  
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