9月11日、松越百貨店

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 龍虎の像がある正面入り口を通り過ぎ、南口の車寄せに回り込みながら木崎は唐突にそう言った。 「えっ……?」  安井はすっかり鳥肌の立った腕をさすりながら思わず聞き返した。 「正確に言うと、総裁『らしき』人物と地上で最後に接触した人間と言うべきかな」 「事件の事を聞かなくていいんですか?例えばどこに向かったとか……」 「詳細な証言なら、捜査本部の人間が失踪事件の捜査中に取ってある」  失踪当日、松越の開店時間後間もなく、上客らしい身なりのいい客が店から出てきた。初めて見る客で、最初は物珍しそうに離れた所から様子を見ていたが結局、オイルの補充と石の交換を頼んできた。翌日、事件の報道を見てその客の人相が総裁とそっくりだったので驚いて届け出た。雑談や世間話の類は一切せず、客は代金を払うと雑踏に紛れて消えた。どこへ向かったかまではわからないーー 「担当ではない」と言いながらも頭の中にすっかり入ってしまっているらしい捜査資料を木崎は誦んじた。 「そうかもしれませんが……だってさっき、らしくない愛想まで振りまいて会話してたじゃないですか。もう少し突っ込んで聞いてみたら何か思い出すかも……」
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