第29章 ありふれたよくある結末を目指す

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その怒ったような声から、そうだ。高橋くんは何より自由でいたいし自分の大切な相手にも自由であって欲しい、って思いがそもそも強い人なんだよな。とふと改めて思い起こされた。 「国からは顔を視認されてマークされるのは避けられないから、それ以降はこそこそ隠れるようにしか暮らせなくなるし。それだけじゃないよ、一旦動画に出ちゃったらその辺ですれ違う知らない人たちの中にだって。もしかしたら君の顔を覚えてるやつがいるかもしれない」 淡々とした調子が揺らいで、声の中に痛切な懸念の気配が隠せなくなってきた。 「そんな動画を公開したらもう二度と、誰にも顔を知られてない状態には戻せないんだよ。君は特殊な存在になる。常に匿名で周りから注目を浴びることもなく、のびのびとたくさんの見知らぬ人に紛れて好きなように暮らすっていう気楽で自由な未来も、もう選べなくなるし」 「うん」 言ってること、わからなくはない。わたしは短く頷いて、しばしじっと考え込んだ。 「…わたしもそれでいいって思ってるわけじゃない。あのね、本心からの話だけど。高橋くんが集落でわたしを見出してくれたこと、本当にあり得ないほど嬉しかった。感謝してもしきれないくらい」 「そんなこと何も、今。…まるで別れ際の言葉みたいな」 高橋くんの表情がさらに悲しげになるのを見てとり、慌てて手をばたばたさせて重い空気をうち消そうとする。 「違うの、まだ話の途中だから。ちゃんと最後まで聞いて。…わたしね、あなたに外の話を聞くまでは。自分がずっと集落の中で漠然と居心地悪く感じてることすら気づけてなかった。居場所を変える可能性なんて思いつきもしなかったから、きっと馴染めてないってはっきり自覚しても無駄だと感じてたんだと思う」 寄るべなくひたすら白昼の集落の中をあれこれと彷徨っていたあの頃の気分を思い出して胃のあたりがきゅっとなる。もしもこの先何かボタンのかけ違いがあれば、高橋くんとも離されて一人で当時の立場に逆戻りなんだろうな。と考えたら確かに、何とも言えない気持ちになってきた。 そんな想像を吹き飛ばそうとわたしは軽く頭を振ってから、再び高橋くんの方へとまっすぐに向き直った。 「なのにわたしが外に出ていった方がのびのび自由に生きられるタイプなんだ、って。特にアピールとかもしてないのに高橋くんの方から先に見抜いてくれて…。世界と自分の限界がわっと一気に広がった気がしたよ」 「…うん」 彼が当時のことをありありと思い出したのか、ややじんとなった声で頷く。神崎さんは二人の世界じゃんと内心で呆れてるのかもしれないけど、特に突っ込みも入れずに表面上大人しく傍らで見守ってくれてる様子だ。 わたしは頭の中で、どういう説明をしたら高橋くんに伝わるかな。と考え考え言葉を選びつつ話を先に進める。 「わたしは運がよかった。あなたに見つけてもらえて、たまたま。…運があったからこうして何とか上手いこと、一人だけあそこから抜け出して今ここにいる。この流れだと結局、最後に無傷で助かるのは自分だけってことになるのか?…って考えるとさ。なんかそれでいいの?って、もやもやして。我ながら」 「いや、まだ集落の人たちが酷い目に遭うとは決まったわけじゃないし」 神崎さんがようやくタイミングを掴んだらしく、そこで話に割って入る。 「多分だけど、所長がさっき言った通りで。集落は丸ごと貴重な過去の遺産として、損なわれないまま完全に保全される方向にいくと思うよ。それにもし万が一、いつか将来予想しない事態に巻き込まれたとしても。そこに純架ちゃんが居合わせないのは別に、気に病むようなことではないんじゃないの?君がいれば避けられるルートってわけでもないだろうし」 慰めてくれてるのはわかる。その言い分はもっともじゃないとも言い切れないし、とわたしは素直に頷いた。 「うん、それはそう。別にわたし、何の力もないし。でもやっぱり、運がいいだけでこうして安全圏にいるって思うと。わたしあまりにも、集落に残ってる他の人たちと較べてラッキーだし恵まれ過ぎてると思うんだよね」 何か言いかけて口を開いた高橋くんの次の台詞を押しとどめようと軽く手で制して、構わずさっさと言葉の先を継ぐ。 「自分だけ助かって幸せになって、それでみんながどうなっても仕方ないって思えないの。わたしは何の努力もしてなくて運と高橋くん任せでここまで来たんだし。集落にいたときだって優しく、大切に育ててもらった。馴染めなかったのは誰のせいでもない。ちゃんと返したいの、これまで受け取ったものを。それに、集落は珍しくて貴重な存在だからこれからも絶対に安泰だなんて言いきれるかなぁ。…正直、そこまで信用できないんじゃない?って思ってる。国とか政府ってやつを」 偉そうに聞こえたらやだな、と考えて慌てて弁解気味に付け足した。 「ていうか、日本がどういう国かとか今の役職にある在任者がどうとかじゃなくてさ。今、仮に大丈夫だとしても常に将来、十年数十年後はどうなるかわからないって不確定要素は絶対になくならないわけじゃん?」
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