第29章 ありふれたよくある結末を目指す

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第29章 ありふれたよくある結末を目指す

「…詳しくは知らないけど。こういう動画公開サイトって確かアップする前、特に事前に審査とかチェックはないんだよね?」 何を言い出したんだ。と戸惑い全開の高橋くんと神崎さんを前に、わたしはソファの上で居住まいを正してさらに話を切り出した。 念を押すと、神崎さんが反応に困った顔そのままで、それでもわけのわからないなりにとにかく質問に答えておこう。と思ったのか、とりあえずあやふやな声で応じてはくれる。 「ええ、と多分。俺も自分がやったことはないから…。けど、センシティブ画像含んでてAIに自動で撥ねられるやつじゃなきゃ、運営が報告とか削除申請受けてから改めて審査の上消されるのが普通じゃないの?純架ちゃんが普通に出演して喋るくらいなら…、でも。内容にもよるかな」 「純架。…公開する動画で一体何を喋るつもりなんだ?」 さすがに黙ってられない、とばかりに高橋くんがやや声を強くしてキッチンから問いかけてきた。 「悪いこと言わないから。日本社会で発見したことや新しい体験についての動画を、こういう来日インフルエンサーみたいにサイトに出したいなら。せめて最低限顔出しはなしにして…。今どきはそういうの、ごまかしよういっぱいあるだろ。アバターに喋らせるとか、キャラメイクして」 「いや、別に。過去の世界からやってきたわたしが現代日本で発見したものをどきどきリポートする!…みたいな面白動画をやりたいわけじゃなくてさ」 それも余裕あったら楽しいかもだけど、実は本当に新鮮な反応できる時期は過ぎちゃったしな。と頭の片隅で考えながら、二人を前にちょっと改まって切り出した。 「事前にチェックなしで出せるんなら、集落について暴露する動画を公開してもそれは誰にも止められないってことでしょ。だったらわたし、やってみようかなと思って。こういう場所があってわたしはそこから来ました、今でも外の世界がどうなってるか知らないままそこで暮らしてる人がまだ大勢いますって。あとで気づいた国の関係者から差し止めくらっても、消されるまでのタイムラグの間に観た人の記憶には残るでしょ?」 「でも。…そしたら純架の存在が、政府関係者にばれるじゃん…」 高橋くんはそう言って絶句した。手の止まった状態で水道の水だけがざあざあと無情に流れてる。 わたしは立ち上がり、そっちに近づいて対面キッチンのカウンター越しに水栓を止めてきっぱりと言い切った。 「でも、集落の存在を少しでも多くの人に知ってもらうにはこれが一番じゃない?もしかしたらそれがきっかけで誰かの意識に引っかかって、本当にそんなことあるの?って疑問に思ってもらえるかも」 野次馬的関心でも陰謀論者のわくわくに火をつけるでもいい。何事もなく流れてるこの日本の日常の表面を何とか毛羽立たせて、ほんの少数でもいいから人の目を惹きつけられたら。 「ここで引っ込んでても結局、わたしたちだけの間で危機感も終わっちゃうけど。政府はそんなとんでもないこと隠してるの?って、集落の外の無関係な人が一人でも。その動画が目に入ったことがきっかけで、ざわざわとか不信感を抱いてくれれば、って。…思って」 「いや、無謀だよ。どうせすぐに国の関係者の目に留まって。潰されちゃう…」 珍しく高橋くんの目の中に隠しようのない動揺が浮かんでる。 「動画公開差し止められるまでに数日間くらい猶予があったとしても、それがよほど影響力のある声の大きな人物の目にたまたま留まらなければせいぜい都市伝説のレベルで終わっちゃうだろ。それで大局が動くかどうかっていうと…。それでいて、集落から外に出て暮らしてる人物がいるって事実はまあ政府に間違いなく捕捉されると考えた方がいい」 口調は淡々として冷静だけど、その瞳に滲んでる感情はより恐れに近くなったように見えた。 「そしたら、純架はどうなる?…おそらく捕まって、単身集落に引き戻されて。もう二度と外に出してもらえなくなるんじゃないか。厳重に監視とかつけられて…」 「あ、そうか。集落から逃げ出したやつがこの事務所に居候してたら、調査のときに高橋くんにくっついて出てきたんだってことがばれちゃうね。そしたら、依頼の際に黙って余計なことしたって高橋くんが政府関係者から責められちゃうか。わたし、ここから離れてどこかに身を隠しておいた方がいいのかな」 「そういうことを心配してるんじゃないよ」 ややヒートアップしがちなその場の空気に、一人冷静な神崎さんがまあまあ、と宥めて間に割って入る。 「純架ちゃん。所長はまず何より、君のことが心配なんだよ。下手したら身の危険があるかもしれないだけじゃなく、もしかしたら二度と一緒には暮らせなくなるかもしれないじゃん。純架ちゃんはそんなの、嫌じゃないの?」 「それだけじゃない。…ていうか、それももちろん問題ではあるよ。でも」 表情に出さないよう努めてはいるけど。その口調と声色で、いきなり無謀なこと言い出したわたしに彼がちょっとだけ腹を立ててることが伝わってきた。 「そんな風に世間に顔出ししたら、その瞬間からもう君は自由な存在じゃなくなるじゃないか」
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