第1話 あの夏へ戻る道を越えて

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第1話 あの夏へ戻る道を越えて

 バスが距離を走るにつれ、高い建物が無くなる。  トンネルを越えると、立派なものはこの高速道路くらいだ。  最後に通過した隣町の駅前も、仙台に比べれば広いものではない。  すでに夕方を越え、夜に差し掛かっていた。  だが、こっちも蒸し暑いな。  都会型のアルファルトから感じる暑さではなく、盆地という環境のせいか籠った暑さだ。  俺はコンビニで買ったペットボトルのお茶を一口飲んだ。もう冷たさはなく、流石に生温いな。  バスの車内アナウンスが、自動音声で、郷土の観光説明をしている。  誰かがボタンを押して、次の停留所で降りるようだ。  俺は背を丸くしてバスから降りた。  背筋を伸ばし、呼吸を整える。同じ空気か、これ。生温い田舎の空気なのに、向こうとは違う空気であると思えた。 「空気ってこんなに旨いんだな」  そんな感傷的な郷愁(ノスタルジー)を感じていると、母親が車で迎えに来た。  おかえりモードが優しい母には感謝しかない。  声も余り出なかったが感謝は言えた。  泥のように疲れていた俺は、風呂に入って、飯を食って、昔の部屋に準備されていたベッドに倒れ込んだ。  せめて残っている夏の間だけは、何も出来ない自分の弱さを忘れたい。
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