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しかしながら、あたりに助けを求められる人影などない。アキのとるべき道は、やはり一つしかなかった。
カラシの唸り声は続く。
意を決し、アキは低く張りだしている枝をよけるよう、身を折った。
むろん、まったく見えないというまでではないが、暗さは目算通りだった。
アキはリードだけを視界に入れるよう意識し、歩を進めた。
突如、かがめた頭上すれすれを奇声がかすめた。
「ああっ!」
驚きが、両の手と膝を地面に突かせた。
途端、強烈な腐臭がアキの脳天を突きあげた。
思わず鼻と口を押さえた。手の汚れなど気にする余裕などあるはずもなかった。
幸い、突いていた片手は、持ち手のすぐ脇にあった。
アキはすかさずリードをとると、体勢を戻した。
その刹那、“リードだけを”の意識が薄まった。
アキは凝固した。
あげてしまった視線の先、唸り続けるカラシの先に、想像以上に群れるカラスの固まりがあった。
集団はなにかを必死についばんでいる。
それを理解できたのは、繁茂をすり抜け、そこにだけ差し込んでいた朝陽のせいだった。
どこからともなく、また一羽が、集団に舞いおりてきた。
塞ぐ手の奥で、アキの悲鳴が凍りついた。
新参者のおかげで、けたたましい奇声と羽音をともなってばらけた場―――そこに現れた腐臭の発生源を、アキの視神経は、しかと捉えていた。
脳内に浮かべた「まさか」の台詞が、「やっぱり」に自動転換された。
集団はまたすぐ、発生源を消した。
だがそうしたところで、スポットライトのごとき陽射しの中に見た、皮下組織のほとんどを剥ぎとられ転がされている人頭の、それも、アキを見あげる漆黒に穿たれた両の眼窩の記憶は、彼女の脳細胞から永遠に消すことはできないだろう。
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