ギャップの秘密

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「真澄はお兄ちゃんだから我慢できる?」 「うん。大丈夫」  長男として生まれた俺は、物心ついた時から、幼い弟や妹の世話に追われる両親の負担になるまいと、物わかりが良い子供として振る舞った。  それはいつしか人格として形成され、常に温厚で穏やかな、相手にとって毒にも薬にもならないような人間へと育っていった。 「三神くんに頼もう」 「あいつ、何言っても怒らないから」  都合の良い人。  自分自身を形容するのにピッタリな言葉だ。  それでも俺は満足していた。  一通りのことはそつなくこなせたし、誰とでも仲良くなれる。  けれど心の底では、何に対しても、誰に対しても興味がわかなかった。  ただ何事も穏便に、周囲が満足そうに笑っているだけで充分だった。  それ以上の繋がりは求めない。  良い人の皮を被り、面倒なことから逃げ続けてきた。 「私達、結婚しません?」  友香子からそう提案されても、深くは心を動かされなかった。  両親を安心させられる。  その一点の理由と、世間体の為に結婚を決めて。  妻である彼女とすら淡々と、上辺だけで暮らしていくつもりでいた。    しかしそんな俺にもやっと罰が当たる。 「好きな人がいるの。別れて」  結婚してから一年も経たないうちに、彼女は浮気をして家から出て行った。  親を安心させるどころか、バツイチとして余計気を遣わせる始末。  それでも彼女との離婚は、そんな些細な感情しか芽生えないほど、大した思い入れがなかった。  俺は人と交流するのに向いてない。  まして恋愛なんてごめんだ。  これからは一人で生きていこう。  淡々と、上辺だけ取り繕って。  そう思っていた時、彼女が現れた。 「部長、飲んでますか?」  東城さくらさん。  営業部に部長として配属された時から、既に部署のエースとしてバリバリ仕事をこなし目立っていた彼女。  凜とした雰囲気と優秀さで、高嶺の花として一部の社員から羨望の眼差しを向けられていた。  今までの経験から、そういった選ばれた人間は、俺のような都合の良い存在なんて相手にしない。  周囲の社員達と同じように、人畜無害のポンコツ上司として軽視すると思っていた。  だけど彼女は。 「私、部長のことを尊敬しています。いつも冷静に、穏やかに私達のこと見守ってくれて。とても安心して働けます」 「部長、お疲れじゃないですか?」 「部長の案が通るように、私も尽力します!」    彼女は全く俺のことを軽くあしらわず、上司として最大限の敬意を持って接してくれた。    
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