2811人が本棚に入れています
本棚に追加
/57ページ
「真澄はお兄ちゃんだから我慢できる?」
「うん。大丈夫」
長男として生まれた俺は、物心ついた時から、幼い弟や妹の世話に追われる両親の負担になるまいと、物わかりが良い子供として振る舞った。
それはいつしか人格として形成され、常に温厚で穏やかな、相手にとって毒にも薬にもならないような人間へと育っていった。
「三神くんに頼もう」
「あいつ、何言っても怒らないから」
都合の良い人。
自分自身を形容するのにピッタリな言葉だ。
それでも俺は満足していた。
一通りのことはそつなくこなせたし、誰とでも仲良くなれる。
けれど心の底では、何に対しても、誰に対しても興味がわかなかった。
ただ何事も穏便に、周囲が満足そうに笑っているだけで充分だった。
それ以上の繋がりは求めない。
良い人の皮を被り、面倒なことから逃げ続けてきた。
「私達、結婚しません?」
友香子からそう提案されても、深くは心を動かされなかった。
両親を安心させられる。
その一点の理由と、世間体の為に結婚を決めて。
妻である彼女とすら淡々と、上辺だけで暮らしていくつもりでいた。
しかしそんな俺にもやっと罰が当たる。
「好きな人がいるの。別れて」
結婚してから一年も経たないうちに、彼女は浮気をして家から出て行った。
親を安心させるどころか、バツイチとして余計気を遣わせる始末。
それでも彼女との離婚は、そんな些細な感情しか芽生えないほど、大した思い入れがなかった。
俺は人と交流するのに向いてない。
まして恋愛なんてごめんだ。
これからは一人で生きていこう。
淡々と、上辺だけ取り繕って。
そう思っていた時、彼女が現れた。
「部長、飲んでますか?」
東城さくらさん。
営業部に部長として配属された時から、既に部署のエースとしてバリバリ仕事をこなし目立っていた彼女。
凜とした雰囲気と優秀さで、高嶺の花として一部の社員から羨望の眼差しを向けられていた。
今までの経験から、そういった選ばれた人間は、俺のような都合の良い存在なんて相手にしない。
周囲の社員達と同じように、人畜無害のポンコツ上司として軽視すると思っていた。
だけど彼女は。
「私、部長のことを尊敬しています。いつも冷静に、穏やかに私達のこと見守ってくれて。とても安心して働けます」
「部長、お疲れじゃないですか?」
「部長の案が通るように、私も尽力します!」
彼女は全く俺のことを軽くあしらわず、上司として最大限の敬意を持って接してくれた。
最初のコメントを投稿しよう!