終章

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「杞里で木槿と待っているよ」 「鳴家のみんなも、香蘭も優しい人ばかりです。きっと楽しい日々になるはずです」 「……歓迎されるかは別だろうけどね」  先程から負の言葉ばかり吐き出すので春瑛はうんざりする。見た目は飄々(ひょうひょう)としているし、肝も据わった女だが妙なところが打たれ弱い。 「歓迎されるはずです。香蘭は私のお願いを聞き入れてくれますもの。私が姉として、共に鴆を守りたいと願ったのなら喜んでくれるはずです」 「……あんまり我が儘をいうんじゃないよ」 「あら、信用してくださらないのですね」  むっと唇を尖らせると柳月は「信用できるわけない」と言った。 「後宮で、君が好奇心のみで突っ走る姿を見ていたからね。乳母の方の気苦労も分かるよ。鳴家じゃ、弟君もやんちゃなようだし」 「紫雲はやんちゃではありませんよ。行動力はありますが」 「君に似た行動力ならやんちゃという言葉は間違えてないと思うけどなぁ」 「あら、酷い。妹をいじめるのですね」  袖で目元を隠して泣くふりをすると柳月は一瞬、ぎょっとした。すぐさま表情は元に戻るがどこか居心地が悪そうにするのが新鮮で、つい笑ってしまう。  すると柳月は足を組み、居丈高な態度で「君は」と口を開く。 「姉に対する態度がなっていないようだ」  あれほど姉扱いされることを恥ずかしがっていたのに、自らを「姉」と言う柳月が愛らしくて、春瑛は体を丸めて笑う。  腕の隙間から盗み見ると花顔がみるみる真っ赤に染まる。そのことがより一層と面白くて、けれど声を上げて笑えば拗ねる柳月の姿が浮かび、春瑛は唇を噛み締めて耐えた。 「……すみ、ません。ずいぶんと可愛らしくて」  震える声で謝罪をすると柳月はそっぽを向き、木槿を撫でた。ふてくされたようだが、垂れた髪から覗く顔は優しい春空のようだ。  軒車に沈黙が降りる。  けれど、苦ではない。  少しずつあの懐かしい香りが濃くなる中、春瑛はあくびを噛みしめると微睡(まどろ)みに横たわった。
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