厄介者

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私が生まれたのは子爵の家。 貴族ではあるけど片田舎に屋敷がある。 王城のある王都からはそれなりの距離もあるけど、タウンハウスも持たない典型的地方領主というもの。 ものすごく立派な家系なんですというものではない。 それでも落ちぶれて貧乏というものでもない。 私は三女に生まれた。 とは言っても。 上に2人の姉がいて、下に1人の妹、1人の弟がいる。 姉2人は先妻の子、下2人は後妻の子。 間に挟まれた私は妾の子。 妻にもしてもらえなかった女の子供である。 とは言っても。 認知されて家に引き取られて、お父様の子としてちゃんと育てられた。 生母は違えど、私のお母様は先妻となる。 ただ私は上の2人のお姉様のようにできた娘ともいえない。 外見も癖だらけの髪で、ブラシを通さないとすぐ爆発する。 背も低いし手足も短い。 顔も麗しいとはとても言えない。 そして健康状態もすぐに風邪をひいたりお腹をこわす。 ただでさえ厄介者なのに、綺麗な後妻がきて可愛い子供ができて、待望の男の子も生まれた。 更に厄介者となった私は屋敷の中に引きこもり。 家にはお金はあるから本ばかり読んで過ごした。 私の一生はここで完結できるという部屋で過ごしていた。 ある日、お父様がめずらしく私に会いにきた。 兄弟の顔も後妻の顔もあまり見てはいないし、お父様もあまり私には会いにこられることはない。 なにか嫌な予感がした。 「サフィア、おまえにいい縁談を持ってきた」 お父様は笑顔で仰る。 縁談、とな? 「いい縁談ならお姉様にお譲りいたします。私はまだ16です。お姉様方を早く嫁がせてあげるべきです」 私は相手は誰かと聞くこともなく、お父様に告げて手にしていた本の続きを読む。 最近の私のお気に入りは英雄の冒険譚。 襲い来る怪物を倒すもの。 シリーズが続々と出ているほど街でも人気の物語。 「いやいや。サフィアに持ってきたんだ。相手は公爵家のジャスパー・グラナード・レルネ様だ」 お父様はその相手方のお名前を仰る。 なんで公爵家? そんなのまったくもって子爵家の娘が嫁げるところではない。 社交界に出ることもない私には、そのお方はよくは知らないけど。 「相手方の地位が高すぎます。お父様、なにか騙されてます。恥をかかないようにご確認されたほうがよろしいと思われます」 お姉様方がそんな騙された縁談につきあわされることになるのもかわいそうだ。 私ははっきりとお父様に言ってさしあげる。 「騙されてはいない。グラナード様に直々に頼まれたのだ。娘を1人嫁がせて欲しいと」 「本当にご本人ですか?なにか証拠などありましたか?もしもご本人だとしたら、そんな子爵家から嫁をとらなければならないようなことはないでしょう?いくらでもいいご縁談があるはずです。お父様は騙されていらっしゃいます」 私はまったくもってお父様を信じなかった。 しばらくお父様のお声が聞こえなくなった。 ちらっと本から顔を上げてお父様を見ると、どこかしょんぼりとされていらっしゃった。 あまりにも騙されてると言いすぎたか。 お父様は人がよくいらっしゃるから、よく騙されてしまわれるし。 「ま、まぁ、本物でしたら、きっとたくさんの結納品が届くはずですので。そしてご本人でしたら、私ではなく、長女のアネッサお姉様へ縁談をお声がけされたらよろしいと思われます」 私は慌ててお父様に口添えしておく。 「私の娘ならどれでもいいと仰られたのだ。サフィア、おまえが1番相応しい」 「私はお姉様のような器量もありませんし、本当のお話なら私など公爵様の失礼にあたります」 確かに私なんて一生ここで生きるだけだし? 厄介者払いをするなら、とてもいい機会となるのかもしれないけれど。 出ていかない。 出ていってはやらない。 嫁ぐなんてもってのほか。 好きなように本も読めなくなる。 引きこもりを好きなようにさせてもらえなくなる。 なにがなんでも出ていくつもりはない。 「おまえはとても可愛らしい。大丈夫だ」 お父様はにこにこと笑顔で仰る。 「お父様、失礼いたします」 私はお父様がかけていた眼鏡をはずして、きゅっきゅっとレンズを磨いてさしあげて、お父様にもう一度かける。 眼鏡がきっと汚れていらっしゃる。 お父様の娘ならお姉様方は美女だ。 妹も12歳ではあるけれど、可愛らしい子だ。 私が1番有り得ない。 「私は妾の子ですし、本当の話なら公爵様の失礼にあたります」 「め、妾ではないっ。私はおまえの母を愛していたっ。病弱でおまえを産んですぐに亡くなってしまっただけだっ」 「先のお母様が生きていらっしゃった頃なので、妾で合ってると思いますよ?」 「ヴァレリーは妾じゃないっ。私が愛した人なんだっ」 お父様は必死で私の生母は妾じゃないと言い張る。 「でも先のお母様はとてもお綺麗で、お姉様方もとても美しいと思われます」 「あっ、あれはっ、政略結婚させられた相手でっ」 「後のお母様もお美しい方です。お父様が気まぐれに手を出されたのが私のお母様だと思います」 「それも違うっ。ヴァレリーを侮辱しないでくれっ、サフィアっ」 お父様はどこか泣きそうなお顔を見せられる。 侮辱しているつもりはないけれど。 そういうことにしておこう。 お父様の名誉のために。
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