第1話 フランツィスカの憂鬱

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第1話 フランツィスカの憂鬱

 今日も朝から魔法学園ルカランテの魔法薬実験室で、ドーンと爆発音が響き渡った。 「またあなたですの、リリィさん!? これで魔法薬学室を黒焦げにしたのは何回目!?」  生徒会長――フランツィスカ・フォン・ラヴシックは、生徒会室のデスクを両手のひらでバァンと叩いた。美しい金色のロングヘアと普段は丁寧にアイロンがけされてシワのひとつもない制服が、憤怒のあまりに乱れている。その彫刻のような顔は怒りの表情に歪んでいてもなお美しさを保っていたが、モデルのような長身から見下されると鬼気迫るものを感じる。  彼女の叱責を受けている、幼い顔立ちでやや背の低い女子生徒――リリィ・ホワイトレディはそれに怖気づくこともなく、ヘラヘラと笑っていた。元気ハツラツを象徴するような緑色の短髪である彼女の頬と着崩した制服には、爆発のときの黒煙のあとがこびりついている。魔法薬学室からまっすぐに生徒会室に連行された彼女は、前が開いた白衣を身にまとったままだ。 「えへへ……ごめんね、フランちゃん。私、魔法の素質ないのかも」 「わたくしを馴れ馴れしくちゃん付けで呼ぶのはおやめなさい! あなた、よくこの体たらくで魔法学園に入学できましたわね!?」  フランツィスカはリリィの軽薄な態度に思わず声を荒らげた。怒りのあまりに、顔どころか耳まで赤みを増している。  一方のリリィは反省しているのかしていないのか、眉尻は下げているが口元は相変わらず笑みの形を保っていた。見ようによってはフランツィスカに苦笑いしているようにも見える表情で、彼女にとってはますます腹立たしい。 「まあまあ、会長……。リリィさんもわざとではないわけですし……」 「あら、わざとでなければ何をやっても許されるとおっしゃるの?」 「いや、えっと……」  フランツィスカをなだめようと声をかけた生徒会のメンバーは、彼女のギロリと睨みつける視線と刺々しい口調に冷や汗をかいて困り顔だ。  ――フランツィスカ・フォン・ラヴシックは、名門貴族ラヴシック家の長女である。  名門校として知られる魔法学園ルカランテの生徒会長を務める、成績優秀なお嬢様。  プライドが高く、高飛車なところは教師も手を焼くところではあるが、その実力は誰もが一目置いていた。  そんな彼女は、とある使命を持ってこの学園にやってきた。 「フランツィスカ、ルカランテに入学したら、必ず王族の心を射止めるのだ」  ラヴシック家は王族と近い関係を持つことで栄華を保っている貴族だ。フランツィスカは長女として、王族と婚姻を結ばなければならない。彼女は自分が家の道具にされていることに特に疑問を持っていなかった。言われるがままに入学し、同じく学園に所属している王子たちと交際を始め、昼食を共に過ごす仲にまで発展したのである。このまま順調に関係を進めていけば、彼女は王子と婚約し、ラヴシック家はその栄華を保ち続けるはずだった。……のだが――。 「はじめまして、ルカランテから招待されて入学しました、リリィ・ホワイトレディです!」  突如として魔法学園に現れた彼女は、あっという間に学園中の人気をさらっていった。  ついでにフランツィスカが昼休みを一緒に過ごしていた王子たちもリリィに心を奪われてしまったのだ。 「すまない、フランツィスカ。僕の心はすでにリリィに惹かれてしまっている……こんな気持ちで君に向き合うことはできない……」 「そんな! 嘘でしょう、オズワルド様!?」  フランツィスカは、リリィのせいで何度も王子との関係が破局し、涙を飲んできた。  何者なのだ、あの娘は。なぜあんなぽっと出の小娘に自分が恋愛で負けなければならないのだ。  彼女の調べたところによれば、ホワイトレディ家は一応貴族ではあったのだが、いわゆる田舎領主だ。ラヴシック家とは月とイボガエル並みに比べものにならないが、良い統治をしているため、地元の民には愛されているらしい。魔法学園から招待を受け、奨学生としてやってきたそうだ。  そうなると、ますます納得がいかない。あの小娘よりも家柄も容姿も勝っているはずの自分が、なぜ負けているのだ。  さらにいえば、リリィは魔法学園ルカランテにおいては、いわゆる落ちこぼれであった。  箒に乗れば必ず暴走し、魔法薬を作ろうとすればもれなく爆発する。  しかし、彼女は持ち前の明るい性格と人当たりの良さから、「ドジっ子」として生徒たちに愛されていた。  リリィは不思議な娘だった。その魅力はどこから湧いてくるものなのか分からないが、生徒も教師も王族でさえも、彼女を可愛がるようになった。何度も魔法薬を爆発させても、である。  フランツィスカはそんなリリィが内心羨ましく、いや、妬ましく思う。  なぜならフランツィスカは優雅な白鳥のようなタイプだが、それは表面だけのこと。人に見えないところで努力し、水面下で必死に足を動かしているのだ。そんな彼女が、何も努力していないくせにヘラヘラしているだけで周りから愛されるリリィを許せるわけがない。 (あんな落ちこぼれのほうがいいだなんて、みんなどうかしてるわ……まさか、魅了の魔法でも使ってるんじゃないでしょうね)  まあ、魔法学の授業の成績がとことん悪いリリィが、人の心を操る高度な魔法なんて使えるはずがないのは明白なのだが、そう思わずにはいられない。  内心穏やかではないフランツィスカの気持ちなど、リリィが知る由もなく、彼女はフランツィスカにも友好的に歩み寄ってきた。 「フランちゃん、私、フランちゃんと仲良くなりたい」 「…………気安くわたくしをちゃん付けで呼ばないでくださる?」 「じゃあ、フラン」 「呼び捨てもやめて。馴れ馴れしいって言ってるのよ」  フランツィスカはハッキリと拒絶するが、どんなに邪険にしてもリリィはへこたれない。  まるでゴールドフィッシュのフンのようにどこに行くにもひっついて離れないのである。正直鬱陶しい。 「会長、そんなにリリィに意地悪しなくても」 「リリィちゃんは悪い子じゃないから、ね?」  周囲の生徒たちもみんなリリィの味方で、これ以上拒絶すると今度はフランツィスカが反感を買ってしまいそうであった。  結局、仕方なく折れたのだが、フランツィスカは内心面白くない。 「えへへ、フランちゃんとお友達になりたかったから嬉しいな」 「ホントあなたって……いえ、なんでもありませんわ」  フランツィスカはリリィから目をそらした。こんな小娘に嫉妬している自分の心情を悟られたくない。  そういった経緯で、リリィと半ば強制的に「友達」にされてしまったフランツィスカであった。  そして、現在に至るのである。 「――とにかく、リリィさんは魔法薬学のシュトリエ先生に反省文を書いて提出なさい。それから、先生に指示をあおいで今日の放課後、魔法薬学室の掃除をすること。あまりルカランテに負担をかけないでちょうだい」 「はぁ~い」  この女の妙に間延びした声を聞くと、フランツィスカはひっぱたきたくなるのを苦々しい顔でこらえる毎日である。  果たして、この正反対の二人が本当に仲良くなる日は来るのだろうか……? 〈続く〉
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