白い扉

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 久しぶりにその白い扉の前に立ち、私は大きく溜息をついた。  どれくらいぶりだろう。  ……なんてカッコつけてみたものの自分でよくわかっている。  思い巡らすのは前回この扉の前に立った日のこと。  あの時、私は確かに浮かれていた。  これから始まる楽しい時間に。  実際楽しかったのだ。  この白い扉の向こう側の世界のことなど、チリほども気に留めることはなかった。  あの時の私に言ってやりたい。  タイムマシンがあるのなら。  あの時の私の前に現れて、白い扉を指し示し、警告したい。   「明日、切れるよ。消費期限」  旅行も終盤、冷蔵庫の中身のことを思い出してから帰りの時間が近づくにつれて憂鬱になった。  母親に連絡して一人暮らしの私のアパートまで処分に来てもらうには、実家はあまりにも遠い。「そんなことで飛行機代使わすな」と叱られて終わりだし、実際そんなことで頼めない。  消費期限が二週間切れた卵と牛乳は、きっと恐ろしい匂いを発しているだろう。  ……いや、冷蔵庫という文明の力は素晴らしい。  案外、二週間なんてたいして腐っていないかもしれない。  もしかしたら、まだ食べられるかも……?  私は大きく深呼吸して、意を決する。  二週間ぶりにその白い扉の取手に手をかけ、目をつぶって力を込めた。  バコン  ドキドキしながら匂いを嗅ぐ。  ……とりあえず、臭くはない。  恐る恐る目を開けて扉の奥を覗く。 「あれ?」  卵も牛乳も、ない。  まだ残っていたと思い出したのは私の勘違いだったようだ。 「あー、良かった。余計な心配したぁ。激臭漂う生ゴミの始末しなくて済んだ……」  ホッと胸を撫で下ろした私は、後ろのカーテンの影に潜む人影に気付くことなく END
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