これは迷子の迷子の子猫ちゃん味

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これは迷子の迷子の子猫ちゃん味

 水曜日の午前中、私は娘の茜を連れてママ友の春美と公園に来ていました。  茜は春美の娘の真矢ちゃんと仲が良く、真矢ちゃんに会いに行くために公園へ行きたがるくらいでした。砂場で遊ぶ2人をベンチに座って見守りながら、グループで図々しいと評判の他のママ友の愚痴や他愛のない噂話をしていました。 「ねえ、この前他のママ友から聞いた話なんだけどさ……花ちゃんママが事故にあってすぐに瑠璃ちゃんママが事故にあったでしょ?あれって迷子の男の子が原因らしいよ…」  そう顔を険しくしながら声を潜めるように話を切り出した春美。最近グループで広まり始めた噂話らしいのですが、どうやら事故に遭ったママ友は2人とも事故に遭う直前に迷子の男の子と話していたそうです。たったそれだけのことが噂になってしまう辺り、立て続けに起きた不幸は衝撃的だったということでしょう。 「やーねぇ、偶然に決まってるでしょ?そんなの信じてるの?」  確かに身近な人が短期間で続けて亡くなってしまうと何か呪いめいたものを感じてしまうかもしれないけど、確率的なことを言えばもっと沢山の人が立て続けに亡くなる可能性だってゼロとは言えません。そんな不確かな理由でいちいち気味悪がられていては、男の子だってたまったものではないでしょう。 「でもさぁ……」  口を尖らせている春美の背中を叩いて、今日のところは解散しておこうと提案しました。こういうのは考えれば考えるほど沼にはまってしまうもの。ああだこうだと不安に思う暇もなく家事と育児に追われていれば、すぐにそんなことも忘れてしまいます。私たちは砂場で遊んでいる娘を呼び戻すと、その日は早めに家に戻りました。  そして、翌日。茜を連れて普段より早めに公園へ赴き、春美たちを待ちながら一緒に砂場で遊んでいた時のことです。少し遠巻きに指をくわえてこちらを眺めている男の子が居ることに気がつきました。この辺りでは珍しい金髪に色白で、周囲には親らしき人は誰もいないようです。 「ボク、どうしたの?」  怖がられないように近づいて、屈んで目線の高さを合わせて問いかけます。しかし、いきなりのことに男の子は戸惑っているのでしょうか、何も答えてはくれません。 「名前、なんていうの?」  警戒心を解くようになるべく優しい笑顔を心がけながら、答えてくれるのをじっと待ちます。すると、男の子は綺麗な蒼い瞳でこちらをじっと見つめながら、小さな声を発しました。 「ゆうだい……」 「ゆうだい君だね、ママはどこにいるの?」  ママの場所を訊ねると、ゆうだい君は首を横に振ります。これは困りました。見覚えのない子なので、この公園の常連さんではないことは明らかです。新しく引っ越してきたばかりとかであれば良いのですが、たまたまここに迷い込んできたのなら待っている訳にはいきません。しかし、不幸中の幸いにも、この公園からものの数十秒歩けば交番があります。 「じゃあ、交番でママを待ってようか」  お巡りさんにママを探してもらうのが早いと思い、ゆうだい君に手を差し出しました。先程までの警戒心は何処へやら、今度はすっと手を握ってくれます。交番はすぐそこだけど茜から目を離す訳にもいかず、小さい子同士仲良くしてくれるでしょうと思いながら茜に声をかけようとしたその時でした。 「え!?」  私の手を握ったまま、ゆうだい君が突然走りだしたのです。しかも、子供とは思えないくらいの力で、ぐいぐいと引っ張られていきます。何が起こっているのかわからないまま手を引かれていると、突然鳴り響いたクラクションの音ではっと我に返りました。いつの間にか、公園から道路の真ん中まで飛び出していたのです。しかし、それに気がついた時にはもう手遅れでした。  自らが発した鈍い音を聞き、薄れていく意識の中で誰とも繋がれていない自らの手をぼんやりと眺めながら、ようやく全てを理解できたのでした。  あれは、私に向かって言っていたのだと。
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