新生徒会長・安倍君の苦悩

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新生徒会長・安倍君の苦悩

 今年の冬の冷え込みはひどいものであった。  とくに暖房設備が昭和時期同様と思われる生徒会室は、時代錯誤的な寒さに陥っていた。  先程から、ぶーんと間抜けな音を灯油ストーブが立てている。だが、きんきんに冷えた空気が和らぐ気配は一向になかった。  安倍君は寒さからの自己防衛を図るために、革張りのソファにダンゴムシのごとく丸まった。  黴臭い。疲れた体を刺すようにして、冷たさが身に染みる。  ソファに身を沈めるようにして蹲る彼は、まさに「屠所の羊」と言ってよかった。 「安倍君。また生徒から相談、ならびに苦情の手紙が届いてるよ」  ソファに体をうずめたまま、目だけを女生徒に向けて、溜息をこぼす。 「……またか」  彼女の胸には「意見箱」と書かれた小さな木箱が抱えられている。  前生徒会が設置した意見箱である。  当初は一般生徒たちから幅広く意見を吸い上げることが目的だったのだが、生徒たちの個人的な相談事や悩み事など青春にまつわるあれこれが投書されることも珍しくなかった。  つまり、恋愛、友情、そういった唾棄すべきものだ。  とくに前生徒会長時代には、男女関わらず、からまり、ほつれ、時にはちぎれそうな多くの赤い糸が相談事として投げ込まれた。投げ込まれた一本一本の運命の赤い糸を、ほぐし、ゆるめ、のばし、そして結び続けた前生徒会長は恋愛成就の生き神として青春の袋小路に迷い込んだ生徒たちから絶大な人気を集めた。  安部君は、つい一月前までは一介の風紀委員に過ぎなかった。  学園の風紀を正すことを信条とし、それを乱すものがいれば厳しく対処してきた。そんな彼を「凛々しい」と評する生徒もいれば、「石頭」と陰口を叩く者もいた。どちらの言葉も安部君にとっては関係なし。どこ吹く風であった。 「自分には大義がある」そう思えばこそ、甘言も苦言も、風の中の柳のように軽やかに受け流すことができた。  夏休み明け、その大義を揺るがす事態が勃発した。  運動場にでかでかと「私はあなたの秘密を知っている」と白線で書かれるという奇怪な事件が起きた。世間はのちにその一連の事件を「秘密の最終定理事件」と呼ぶ。  あの朝、日差しに白く照らし出された一文字一文字に安倍君は戦慄した。 「僕の秘密がばれたのか……!?」  彼は誰にも言えない秘密を持っていた。  それこそが彼とその他大勢に境界線を引く大義であったし、彼自身が寄って立つアイデンティティそのものだった。  彼は現代に生きる陰陽師の一族だった。  秘密裏に京都から転校生という形でこの学校に派遣され、一匹の大妖怪の討伐を命じられている。  秘密がもしも周囲にばれてしまえば、目当ての大妖怪は決して姿を現さないだろう。そうなれば、何の手掛かりも掴めないままいたずらに時は過ぎ、一族は彼に無能の烙印を押す。 「無能」。 これだけは何としてでも避けたかった。  安倍君は「妖艶な美しさ」とも称される長い黒髪を振り乱した。「周囲の気温を3度は下げる」と噂される涼やかな目を真っ赤に血走らせて、犯人探しに躍起となった。  風紀委員の職権を乱用し、授業時間、休み時間の全てを捧げ、総力を挙げて、学園中を捜査した。はてには、安倍君が最も頼りたくない人物の力も借り、陰陽師ならではの怪しげな術も使った。  そこまでの人事を尽くして、ようやっと天命は降り立った。  はたして安倍君は犯人に辿り着いたである。
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