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「これから誰かのお見舞いにでも行くみたいだね?」
麻央はにやにやしながらこちらを覗き込んでくる。
何も言わずとも伝わってしまうのも考え物だな。
僕は苦笑しながら、その花束をゆっくりと持ち上げた。
「今日は特別な日でさ」
皺だらけのラッピングペーパーに包まれた鮮やかな色の花々を彼女の胸元に差し出す。
何も間違っていない。これは君に渡すための花束だ。
「久しぶりに彼女とデートなんだよ」
麻央は僕の差し出した花束を受け取る。
それから「気合入りすぎ」と抱き締めるように両手で抱えた。
「さ、何しよっか」
「じゃあババ抜きでもするか」
「一年ぶりのデートで?」
「ああ。ちゃんとババ入れてさ。そっちの世界ではどうか知らないけど」
カラフルな花束に飾られた彼女を見つめた。
とても自然に、何の違和感もなく、当たり前のように彼女はそこに立っている。
その当たり前から、目が離せない。
「こっちの世界ではババがないと楽しくないんだよね」
そう笑ってみせると、麻央はするりと自分の右腕を僕の左腕に絡ませた。その頬は花より赤い。
そしてこちらを見上げてにっこりと笑った。
「あーもうほんと彼氏」
「だからそれなんなんだよ」
「あはは。いいよ教えてあげる」
彼女の笑い声がモノクロの交差点に吸い込まれた。
赤信号が青に変わる。固まっていた人々が動き出した。
麻央は僕から離れて、先に横断歩道へと踏み出す。
「──ただし、この私を倒せたらね」
満面の笑みで振り返った彼女は青空の下で大きく両腕を広げた。
まるでこの世界は私のものだとでも言わんばかりに。
「……こりゃ厄介なやつを蘇らせちゃったかな」
「今更後悔しても遅いからね?」
「しないよ、そんなの」
僕が数歩で追いつくと彼女は隣に並んだ。そのまま同じ歩幅で歩き出す。
色とりどりの世界の上を、ひとつの花束を抱えて歩いていく。
(了)
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