小説

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 彼女との出会いは高校三年生になってすぐの春。  学校の廊下、曲がり角でぶつかって私の荷物が床に散らばる……なんて、漫画にありそうなロマンチックなものだった。 「ご、ごめんなさい」  肩先までのストレート黒髪、地味な眼鏡。文学少女とあだ名がついていそうな容姿の女子高生、七瀬柚子。三年になって同じクラスになった、私の同級生。  七瀬柚子はぺこぺこ頭を下げながら、床に散らばった私の荷物を拾い集める。  面倒くさいな、そう思ってふと、足元にスマホが落ちている事に気がついた。私のではない、七瀬のだろう。  何を思ったか、私はそれを拾い上げ1を連打した。画面が切り替わり、表示されたとあるサイト。 「小説?」  名前は聞いたことあった。エブリスタとかいう、素人が気軽に自作小説をネットに投稿できるサイト。  指を滑らせて画面をスライド。  そこには拙い文章の、小説らしきものがあった。 「七瀬さん、小説書いてるの?」 「え?」  私の言葉に、七瀬柚子が振り返る。  慌てて飛び上がり、私の手中にあるスマホを奪い返す。 「ど、どうして月野さんが……」 「んー? ぶつかった時に飛んできたから、拾って」 「拾ったからって勝手に……ロックは?」 「パスワード変えたら? 1が六つってさすがに簡単すぎじゃない?」 「い、今までは困った事なくて! ていうか、ぶつかってきたのは月野さんで、私がこうして荷物……」 「全部拾ってくれたの? ありがとっ!」  七瀬柚子の脇を通り抜け、自分の荷物をまとめる。  彼女は遠慮がちに、私の横顔を覗き込んだ。 「つ、月野さん……」 「なに?」 「み、見た? 私のし……私の」 「小説? あれやっぱり、七瀬さんが書いてたんだ」 「あっ! 違……いや、えっと」 「あのサイトなんだっけ? 小説を書いてネットに」  私の唇に七瀬柚子の手のひらがぶつかった。  驚いて目をぱちくりさせる私を、真っ赤な顔をした七瀬柚子が見上げる。 「だ、誰にも言わないで」  七瀬柚子の手は震えていた。声も、すごく必死で。 「親にも言ってなくて、一人でこっこり投稿して……」  その仕草が可愛くて、仲良くなれるかもなんて思った。  だからかもしれない。 「じゃあ、私が最初の読者?」  そんな言葉を投げかけていた。  目を見開いた七瀬柚子の表情はやはり可愛くて、さらなる言葉を告げる。 「誰も知らないなら、私が最初の読者ってことじゃない?」  七瀬柚子の手のひらが、私から離れる。指先を自分の唇に持っていき、「スターついたこともあるから読者はいるけど……でも本棚登録は……」などと呟いている。 「スター? 本棚?」 「え? あ、えっと、小説の機能で……」  もごもごと口篭る七瀬柚子だが、しばらくして何かを決意したように、顔を上げて私の目を見つめた。 「本当の読者はいないの、たぶん今のところ。だから、一号になってくれる?」 「一号?」 「私の小説の、読者第一号になってくれませんか?」  顔を真っ赤にして懇願する七瀬柚子が可愛らしくて、首を縦に振る以外の選択肢はなかった。  それが私と柚子の出会い。  柚野奈々という小説家の、プロローグのお話。
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