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 勝介はいつもどこか飄々としているところのある男だった。  油問屋の(せがれ)ゆえ、その掴みどころのなさは商いに役に立つらしい。店は大繁盛だと聞いていた。 「お久しぶりでございます」  窓辺で煙管を蒸す勝介に頭を下げた。 「堅苦しいのは良くないよ。俺とお前の仲じゃぁないか」  薄い唇で小さく笑う。さも可笑しそうにするものだから、小紫は意地を張って畳の縁を睨みつけた。 「実際、随分ご無沙汰でしたので」 「ほう、悋気(りんき(やきもち))か。そういう感情もお前にあるのだなぁ」 「悋気じゃありやせん。ただ事実を申したまで」  素っ気なくしてみたものの、チラリと視線を投げた先には笑みを称えた顔で煙管の灰を落とす余裕ぶり。 「色々と忙しくてな」  言い訳ですら余裕綽々。 「そりゃ、忙しいでしょうよ」  言い返すとなんだか拗ているようで、小紫は自分自身が恥ずかしくなっていた。 「吉原でくだらぬ会合続きでな。その前は肥前国まで行っておった」  肥前国は遥か彼方にあるらしい。以前、勝介が高級品の油を有田焼の壺に入れるとかで買い付けに行った話をしていた。それならば足が遠のくのも仕方がないが、小紫が気になったのは吉原のくだりだった。 「吉原。そりゃ、さぞかし豪華絢爛な会合だったでしょうよ。太夫を食わば腹もいっぱいになりますし」 「あはは。食わぬ、食わぬ」  即座に否定した勝介だったが、眉唾ものだ。小紫は悔しさが抑えきれずに顔を背けた。 「吉原に行って女を買わないなんてありえん。そんなの湯屋に行き、湯に浸からぬのと同じではございませんか」 「おお。それは、なかなか興があるな。人と違うことをするのは愉快だ。既に放蕩息子と言われておるわけだし、さらに箔が付くというものよ」  ところで小紫と、勝介が話の向きを変えたので、渋々(おもて)を上げた。小紫はこの狐のような勝介の顔が好きだった。面長の顔につるりとした月代、涼やかな感じが澄ました狐にそっくりだ。 「藤の花は咲いたかい」 「藤……」 「お前と初めて会った日、それは見事に咲き誇っていたじゃぁないか」  勝介が覚えていたのは意外だった。もちろん小紫は忘れていない。毎年、藤が咲くたびに勝介との出会いに感謝しながらも、不安にかられるのだから。あと何年、この人と情を交わすことができるのだろうか、と。陰間の花は短いのだ。 「あれから五年か」  勝介は正確に年数をいい、互いに歳を取ったものだと笑う。小紫も一応笑ってみたものの上手く笑えていたかは定かでない。
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