愛のカタチ

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「君が好きだという心の炎はずっと消えない。若菜──俺と、結婚してくれ!」  夜景が綺麗に見えるレストランで、目の前に座る彼女にプロポーズした。消防士一筋(ひとすじ)で働いてきた自分には、ぴったりの決めゼリフだったと思う。付き合いもそこそこ長い分、彼女も少しばかりは意識していたはずだ。  しかし──彼女から返ってきたのは、予想外の言葉だった。 「照平君、ごめんなさい……。私、結婚する気は無いの」 「──えっ?」  自惚(うぬぼ)れていたわけではない。ただ、ここまではっきり断られるとは思ってもみなかった。  次の言葉がなかなか出てこない中、恐る恐る「何で」と聞き返してみた。 「だって……制度に縛られるのって面倒じゃない。別に夫婦にならなくたって、お互い楽しく生きていく方法はいくらでもあると思うの」 「若菜、俺はそういうことを言ってるんじゃなくて──」 「ほら、結婚の挨拶とか両家顔合わせとか。昔からずっと続いてる風習? あれが嫌なの。そんな堅苦しいことしなくても、私は照平君のこと好きなままだから」 「──そっか」  本当は反論したかった。だけど、"好き"という言葉に負けて、これ以上は言えなかった。  俺も若菜も、今年で三十歳になる。もちろん恋愛の()り方は人それぞれで、他人が口出しできる問題じゃない。だけど──少なくても俺は、"やがて結婚して夫婦になるのが普通でしょ"と思ってしまう人間だった。 「ほら、顔上げてよ照平君。せっかくの夜景がもったいないよ」 「うん……そうだね」  彼女に(うなが)され、無理やり平然を(よそお)ってみる。プロポーズを決めた後って、もっと晴れやかな気分で話せると思っていたのに──。  何ヶ月も前から予約していたテーブルからの夜景は、全然ロマンチックじゃない。平面的な無限の暗闇。  グラスに残っていたワインも、最後はほとんど味がしなかった。
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