思いの重さ

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
「久しぶり」  ぼんやりと交差点を見つめる僕に、彼女は声をかけてきた。  まさか僕がここにいることがばれるとは思っていなかったので、少し慌ててしまう。 「えーと……」 「晴美だよ。磯原晴美」  思い出した。  確か中学の同級生だ。  気を悪くした風でもない彼女に、ほっと胸をなでおろす。  地元にいると、こういうこともあるのかもしれない。 「河野君は、こんなとこで何してるの?」  深夜二時に交差点を見つめる男は、傍から見ると不審者だろう。  実際僕自身、なぜこんな所にいるのかわからなくなっている。  ただ、僕はアイツが憎い。  その思いだけが僕をここに縛り付ける。 「そこで事故があったんだっけ?」  彼女が視線を送った先には、萎れた花束と汚れたぬいぐるみがあった。  ここで妻が死んだ。  ここで娘が死んだ。  ここで……。  幼馴染の妻と娘を連れて、地元に帰ってきた時のことだ。  妻の実家から僕の実家まで、遅い時間だったが歩いていた。  その車は信号無視どころか、歩道にまで乗り上げてきた。  僕は二人を助けることができなかった。 「もしかして河野君の知り合いだった?」  僕がうなずくと、彼女は沈痛な目で僕を見つめる。  慰めの言葉を彼女が口に出した時、近くに車が止まった。  男が降りる。  花束とぬいぐるみに近づくと、おもむろに小便をしだした。  頭に血が上り足を踏み出した時、彼女の手が僕の方に触れた。 「待って、あなたは手を出さないで」  彼女の言葉も頭に入らないままに、僕は男の元に向かう。  僕の妻子をひき殺した犯人は、まだ捕まっていない。  目撃者が遅い時間であったため、一人もいなかったのだ。  いずれ捕まるだろうとは思うが、そこまで待っている猶予は僕には無かった。 「お願い待って。あなたが手を出せば地獄に落ちてしまうのよ」 「かまわない! 僕はあいつを殺して地獄でも何でも行ってやる!」  男はやっと僕たちに気付いたのか、ジッパーも開けたままニヤつきながら話しかけてくる。 「お姉ちゃん。こんなところで何してるんだ?」  さらに下卑た言葉を投げかけてくるが、僕はかまわず男に襲い掛かった。  だが、男に届く前に僕の身体は動かなくなってしまった。 「地獄に行かれるよりマシだから……ここで祓ってしまいます」  振り向いた僕は、彼女が左手を掲げるのが見えた。  彼女の表情は、とても悲しげで僕の胸まで痛くなる。  暖かく明るい光が、僕を照らしむずかゆい痛みをもたらした。 「さよなら河野君。あなたの娘さんが先に待っているわ」  そして僕は、消えてなくなった。 「三人も殺しておいて、さらにそんなひどいことするのね」  晴美が言うと、男の顔色が変わった。 「お前、知ってるのか? 見たのか?」  男は確認しながらも、すでに意志は決まっているようだ。  晴美の口を封じようと考えているのだろう。  両手を広げ近づいてくる顔には、サディスティックな喜びすら見える。 「あなたの相手は、私じゃないわ」  晴美の後ろに、いつの間にか女がいた。  だが、男には見えないのだろう。  女の表情を見れば、男でさえ恐怖に震えただろう。  それほどまでに、原型をとどめぬほど崩れていた。 「ほんとうにいいの?」 「ありがとう晴美ちゃん。夫と娘が一緒にいられるなら、私はこれでいい」  晴美の問いかけに答えた時だけ、女は泣きそうな顔をしたが、すぐに人ではないモノに戻る。  やっと異変に気付いた男が、まわりを不安げに見ていたが、何も見えていないのだろう。  目の前に迫る死にも気付かない男は、悲鳴をあげようとしたが、すぐにか細い絶命の声にかわった。  晴美は、元同級生が男を喰らうのを眺めていた。    疎遠であった昔の友人から依頼があったのは、一昨日だ。  変わり果てた姿で「私の魂をあげるから、夫と娘の魂を救ってほしい」と言った。  私の仕事を話した記憶は無いが、その姿になってから知りえた情報なのかもしれない。  この仕事をやり遂げた時、彼女の魂はずっとあの場所にとどまることになる。  そして男の魂は、永遠に喰われ続けることだろう。  呪いは自分を幸せにすることはできない。  ただ、不幸のバランスをかえるだけでしかない。  そこに意味などないのに、人は呪うことをやめることができない。  だから私のような職業が存在する。  人は私たちを呪術師と呼ぶ。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!