第一章

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第一章

『子供が3月に産まれる予定なんや』  名古屋で酒を交わした4年前を最後に音沙汰がなかった野洲(のす)からの連絡は、会わない期間に対する文脈などが一切ないものだった。 『結婚の報告受けてないんやけど。相手は美幸(みゆき)さんか?』 『そや。授かり婚でな。嫁の腹も大きいから式は挙げへん。報告だけや』  追及を許さない文章構成に、説明することへの疲れが見える。そっとしておこう、と思いスマートフォンをしまうタイミングで通知が入った。また野洲からだった。 『今年の年始は兵庫に帰らんのか?』 『今年の年始は過去のことやろ』と返信しようとして、疲れている相手の揚げ足を取るのは良くないだろうと思い留まる。  こんなにレスポンスを早く思いつくのはいつぶりだろうか。4年も会っていないと、当時は石ころのように思っていた部分が途端に宝石のように輝いて見えることがある。 『野洲が帰るなら、帰るよ』  そう打ち直して返信する。そんなやり取りがもう2か月前のことだ。駅のホーム、底冷えした空気の中、頬や耳、つま先が自分の一部とは思えないほどに冷たい。ゆったりと余韻を持たせながら電車がホームへ滑り込んできて、ため息のように扉を開く。  俺は、地元へと繋がる箱へ足を踏み入れた。
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