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いきなり離婚なんて
土曜日の昼。
子供たちの旅立ちを見送った後、縁側に座って思い出を振り返っていた。年を取ると時間の流れが遅く感じるというが、楽しい時間というのは老いてもあっという間に過ぎ去っていく。感じるのは残り少ない時間の有難みだけだ。
昨日までは賑やかだった家の中も、がらんとした静けさで満たされている。定年を迎えて自由な時間が多くなってからというもの、子供たちと接する時間というのが何よりも好きだった。畑で野菜を育てることや縁側で日向ぼっこをするのも楽しいが、やはり子供たちと過ごす時間に勝るものではない。
「ねえ、泰典さん」
すっと静かに隣へ腰を下ろした佳代。その横顔にはやはり寂しさが色濃く浮かんでいる。気持ちは理解できるが、なにも今生の別れという訳ではない。励まそうと佳代の手に自分の手をそっと重ねた。しかし、何故かさっと手を払われてしまった。どうしたのかと戸惑っていると、佳代はゆっくりとこちらを向いた。
「離婚しましょう」
「り、離婚!?突然何を言ってるんだ?」
いきなり離婚とは、佳代は一体何を考えているのだろうか。
「子供たちも出て行ったことだし、そろそろアナタとは終わりにしようと思って」
「いきなり何なんだ?離婚なんてできる訳ないだろう?」
言っていることが理解できずに首を傾げていると、佳代はわざとらしく肩をすくめて大げさに溜め息を吐いた。
「鎹である子供たちが出て行ったんですもの。もう我慢する必要なんてないと思って」
そう言ってプイっと顔を背けてしまう。佳代が何を我慢してきたのかは分からないが、私たちは絶対に離婚なんてできない。何故なら。
「私たちは結婚していないだろう?」
そう。私たちの関係は夫婦ではなく、ただ長年一緒に住んでいるだけの法律上赤の他人なのだ。結婚していないのだから、もちろん離婚なんてできる訳がない。そして、送り出した子供たちはトムとチャールズとジェニファー。名前で分かる通り、私たちの子供ではなくホームステイの留学生だ。
「そうだったわね。うふふ、ごめんなさい。さっきテレビで観たドラマで夫婦が泥沼の熟年離婚をしてたから、どんな気分なのかしらって思ってつい」
「楽しかったか?熟年離婚ごっこ」
「ええ、何だかとっても刺激的でした」
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