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夫は密かに気にしている
「オキシトシンで、毛が生える、だと?!」
テレビを見ていた夫が突然、声を上げた。
どうやら夫は、最近薄毛を気にしているらしい。一度気にしだすと、電柱に貼られた怪しげな薄毛向け広告まで目に入りだす有様。
温泉に行けば、「洗面台に養毛料が置いてあった!」などと喜ぶようになった。
「チチ、ガシガシつかってたよ」との息子の証言もある。
だが、「じゃあ、同じの買おうか?」と聞くと、いらない、という。
「そんなの使って効果あるなら、みんな禿げてないよ」
積極的に使っておきながら、なかなか辛辣だ。
若かりし頃より若干薄めになっているのを気にしつつも、自ら育毛剤を使用したり専門クリニックの門を叩いたりする勇気もないのであった。
「だってさ、薄毛治療すると性欲減退するんだろ、それはさみしい」
数年前に、夫は確かにそう言った。
だが最近は、毛を優先したい気持ちの方が強いらしく、けどそうはっきりしたことを妻の前でいうわけにもいかないといったふうに口をつぐんでいる。
そんな夫が、情報番組に激しく食いついた。
オキシトシンは、スキンシップ等により幸せな気持ちになると分泌されるホルモンである。薄毛や性欲に関与する男性ホルモンとは別物らしいのだ。むしろ、拮抗しあう存在。
オキシトシンならば、病院や薬の世話にならずとも己の気の持ちよう次第でなんとか自力で出せるんではないか?という微かな希望が見えたに違いない。
しかし、どうやって?
アラフィフのおっさんに、何ができよう?夫婦の営みも、2人目が生まれてからというもの、すっかりご無沙汰だ。
寝室が家族一緒なせいだ。
子どもらが一緒に寝ている空間では、なかなかやりづらいものだ。
それでも若いうちはソファに移動して致すこともあったのだが、それすら億劫になって久しい。
ただの添い寝すらままならぬ。
そもそもスキンシップが無理。彼は感覚過敏持ちで、自分から触れることはできても相手から触れられることをあまり好まない。それでいて、自分から触れたいという気持ちの昂りはとうに消え失せているから、始まらない。
オキシトシンを増やすといわれるスキンシップからの一連のあれやこれやになかなか至れない。
彼が幸せな時といえば、一人部屋にこもり嬉々として何やら物作りをしているときだ。静かなときは大抵、何かを魔改造している。見た目はおっさん、中身は理系少年。そんな幸せな時にオキシトシンがどばどば出ているならば今頃何も問題はないはずだ。別の幸せを見出さねばならぬ。と、妻は勝手に思った。
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