牢獄

41/52
66人が本棚に入れています
本棚に追加
/191ページ
「相変わらず、お忙しそうですね、監督」 「あぁ。まだ新作の撮影も終わっていないというのに、もう次の話だ。休むヒマもない」  監督は文句を言いながらも、嬉しそうにしている。  六年前、ディナーパーティーの招待客全員に、僕は醜態(しゅうたい)(さら)してしまった。  美波と結婚したあと、義父とともに三人で初めて参加した会合には、あの時の招待客も何人かいた。  僕は合わせる顔もなかったが、誰もそのことには触れなかった。  それどころか、みんなは僕に優しくしてくれた。  あんなに無愛想だった監督も、僕の顔を見るなり肩にポンと軽く手を乗せてくれたほどだ。  それから僕は、監督と話ができるようなった。 「それじゃ、次回作も楽しみにしてます。ではまた、のちほど」  ワインの入ったグラスを手に、僕は席を立った。  六年前の出来事が、義父の耳に入っているかどうかは分からない。  もし、知っていたとしたら……僕が美波と結婚した理由も分かっているはずだ。  究極の二択を(せま)られ、苦し紛れに結婚を選んだのが知られたら、あの義父の性格だ。  一生掛かっても僕を認めてくれないだろう。  だが、六年経った今も、そんな様子は見られなかった。  あの夜の出来事は、誰もが胸に秘めたままなのかもしれない。  会合とは、そんな集まりでもある。  全員、口が堅い、というのは本当だったようだ。 「こんばんは、狐洞さん」 「……真……さん」  小説家の狐洞薫も参加していた。
/191ページ

最初のコメントを投稿しよう!