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夫婦になって七十年。おじいさんになった義吉さんに腕を組まれながら歩いている。
「義吉さん、悪いね」
片杖をついて歩くようになってから、転ぶと大変だからと腕を組んでくれるようになった夫。
「年老いても支えあおうと約束したじゃないか?ハナさん」
七十年前、十六で今井家へと嫁いだわたし。二つ上の義吉さんは、米寿になっても、変わらぬ笑顔を浮かべてくれる。
市営団地に住み、歩きながらバス停まで向かう。昨夜降った雪で除雪されているとはいえ、ツルツルな道に足を何度とられそうになったことか?
「ハナさんに転ばれて入院騒ぎになったら大変だからね」
しっかりと離さない腕組みに、若い頃を思い出して、頬が緩む。
「昔は僕の一歩二歩後ろを歩けと言ってた義吉さんが変わりましたね」
昭和の時代のままだった夫が、変わったのは最近になってからだ。
「学があれば、もっといい暮らしをさせてあげたのに・・・悪いねハナさん」
中卒で働きに出た時代だった。お互い見合いで知り合い恋をしないまま夫婦になった。
バスに乗るのも介助されながら、わたしは首を横に振り微笑む。
横並びに座りながら、青い手作りの手袋を嵌めた手の甲を擦る。
「義吉さんが変わってくれて、嬉しいんですよ。今が良ければすべて良しです」
若い頃はツラい生活に何度逃げ出そうとしたか数えしれない。けれど、親の顔、仲人さんの顔を汚すわけにはいかない。
耐えてきた夫婦生活の中にも幸せはあったのだから。
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