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二人と言葉ひとつ交わせなくなって、一人になる時間も作れなくて……。
日々がどんどん、重たくて苦しいものになっていった。
春。やっと陽射しも暖かくなり、草木が新芽を覗かせ始める頃になっても、私の気分は塞いだまま。
最近は体調も思わしくなくて、なんだか腹部が痛い……でもそれを、誰かに知られるわけにはいかなかった。
だって体調を崩したなんて言ったら、最近ずっと不機嫌なままのお父様が、きっとまた怒るんだわ……。
先日、宴の席で私の舞を披露した時だって、立ちくらみがしてよろけてしまったのを、後で烈火の如く罵られて、生きた心地がしなかった。
お客様のいる席で、なんという無様な振る舞いか。と、その声が怖くて、頭もくらくらして、気を失ってしまったほど。
貧血気味なのだと朝から伝えていたのに……それでも舞えと言われて、私、頑張ったのよ? なのに……。
そんなことを考えながら授業をなんとかやり過ごして、憂鬱だと思いながら、家路につこうと歩いていた時だった。
腹部の痛みがますます酷くなって、なんだか思考も覚束ない。とりあえず帰ったら一度横になろうと、そんなふうに思っていたら……。
「サクラ!」
怒鳴り声に近いアラタの声が、直ぐ耳元で。
最近聞いていなかったその声があまりに近くて、身を固めてしまった。
すると次の瞬間、足元から掬い上げられ……⁉︎
「っえっ……⁉︎」
「お前怪我! 血が出てる!」
すぐ真横に、あのクマの酷い、凹凸の薄いお顔があって、驚いてしまって、何を言われたのかよく分かっていなかった。
「お前らも、血を流してんのに気づけよ!」
呆気にとられていた取り巻きの方々を怒鳴りつけて、そのまま私を抱き上げたまま、アラタは風みたいに走り出したっ⁉︎
「あ、アラタ⁉︎」
「医務室まで運んでやるから、首に捕まってろ」
そう言われて、条件反射で動いた。アラタの首に両腕を絡めて身を寄せたわ。
「お前も痛いなら痛いって言えよ! なに平気な顔してンだバカ!」
怒鳴られて、言葉の内容よりもそのことに動揺してしまった。
バカ……馬鹿かしら、私……。
そうね。あんなに二人に良くしてもらっておいて、恩を仇で返してしまったもの。
アラタに嫌われてしまったのだと思ったら、涙が溢れ出してしまった。
そうよね。仕方がないわよね。嫌われて当然だわ。
そう思ったのにアラタは、私を抱く腕にギュッと力を込めたの。
「響くか? もう少しだから頑張れ。大丈夫だからな⁉︎」
全く予想していなかった言葉。
どういう意味かしら? と、思考の端の方で不思議に思ったのだけど。
「先生っ! 怪我人!」
医務室に駆け込んだ私を、アラタはそのまま寝台に運び、羽毛を扱うみたいに優しくおろしてくれた。
でもその後フラフラとよろめいて、寝台横に座り込んでしまったの。
顔色が悪かった。私より、アラタの方が酷く苦しそう。
医務室には医師がお二人常にいらっしゃるって、聞くだけは聞いていたわ。
男性医師と、珍しい女性医師。
アラタの声に慌ててこちらを振り返ったのは男性の方だったのだけど、担ぎ込まれたのが私であったから、直ぐに視線は女性の方に向いた。
「私はアラトゥスを」
「えぇ。私はお嬢様を確認致します」
女性医師が近づいてきて、失礼しますと声を掛けてから、私の衣装の裾を少しだけめくり上げ――私は、びっくりして言葉を失った。
だって自分の脚が、血で赤黒く染まっているだなんて、そんな光景が想像できたと思う⁉︎
こんなに血が出るような怪我をした覚えなんてなかった。していたなら、きっと凄く痛かったはず!
そんなあまりのことに、呆然としていたのだけど。
「お嬢様、こちらを見ていただけますか?」
そう言われて、反射で顔を上げたら、両眼の下を指で押され、そのまま下へ引っ張る女性医師。
何をされているのか分からなくて黙っていたら……。
「最近、下腹部に痛みは?」
「え? え、えぇ……ございます」
「貧血を起こしたりはなさいませんでした?」
「…………先生、私……何か重い病なのかしら?」
血を流すような病気かもしれない。
その考えに至り、泣きそうになったのだけど……。
「おめでとうございます。ハツハナを迎えられたのですわ」
「……?」
ハツハナ。初花は確か…………初潮⁉︎
とっさにアラタを見たら、アラタも私を見ていたものだから……っ!
「ご、ごめんなさいっ」
怪我なんかしてない。当然よね。そんな覚えなかったのに!
男性の前で血を流すだなんて、なんて見苦しい……っ、もう学び舎にも顔を出せないわ!
泣いてしまいそうだった。
こんなはしたない姿を見せてしまったのだから、アラタにも呆れられてしまうと、そう考えたのに。
「……生理? あぁ〜……そっか、良かった、焦ったぁ……」
気の抜けた声でそう言い、アラタは床にヘニャリと崩れてしまった。
「そうだわ。そういう歳か。あー……すまん。大騒ぎして、ごめんな?」
そう言って、笑って、もう一回良かったぁ……って。
アラタは何も悪くないのに……どうしてごめんなんて言うの? って、それが分からなくて……。
その後すぐに、荷物を抱えた奴隷が走ってきて、女性医師の診断を聞き、慌てて帰っていったわ。
家に知らせてくれて、私のことは馬車が迎えに来てくれた。
いつもは避けている大通りを、その日は通行人への配慮なんて放り捨て、馬車を走らせた。
家の者にとっても、私が初潮を迎えたことはそれだけ重要事項だったのね。
奴隷市場を突っ切ったけれど、まだ寒さの残る時期たというのに、あの独特の鼻に刺さる異臭は、やはりこの時も強く香ってきた。
商人が怒鳴るような大声で、売り込みたい奴隷の特徴を述べていたわ。
奴隷は首から、出身地や資質、気性や逃亡歴などが殴り書きされた木札を下げ、粗末な台に立たされていた。
その体を鞭や棒、遠慮の無い手が、叩いたり、撫でたりして、質を確かめている……。
自分と同じ形のものが品定めされている光景は、正直好きではなかった。
角を曲がる直前、台の上に乗せられ競りにかけられていた裸身同然の少女と、一瞬視線が絡んだの。
私と同じくらい……腰を頼りないぼろきれで覆っただけで、僅かに膨らんだ胸元や、細い手脚は剥き出しだった……。
なんとなく視線を逸らしてしまったのは、なぜでしょうね。自分でも……よく、分からなかったわ。
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