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「伊都の今の仕事のことを聞いてもいいか」
「・・・・・・あの頃はいろいろキツくて限界を感じて悩んでたんだけど、あれから職場の上司の新会社への異動が決まって、いろいろあったんだけどそれに一緒に行けることになって。それが今の会社。ここでは何とかやれてるの。壁にぶつかっても助けてくれる上司や同僚に恵まれて。今じゃもう本社には戻りたくないって思ってる」
今の状況になるまでにはいろいろあった。
けれど、今は仕事が楽しいと思える。
「そうか、よかった。鳥羽から君が生き生きとしていたって聞いたときにホッとしたんだけど、本人の口から聞けてよかった。苦しかったけど、あの時の決断も無駄じゃなかったんだな」
ホッとしたように祥太朗さんの表情が少し緩んだ。
でも彼とは対照的に私の気持ちは複雑だ。
あのままじゃあどちらもダメになるからというあの時の祥太朗さんのしたかったことは理解できた。
仕事のことはわかったけど、恋の話は別だ。
遠距離になったら私たちは本当にダメになったのか。
恋愛なんてやってみないとわからない。
そんなのやってみなければわからなかったと思う。
やらずに勝手に結論を出して私を突き放したのは祥太朗さんだ。
1人で勝手に決めた祥太朗さんに対して思うところもある。
モヤモヤはのこるけれど、ただこの先接点がなくなれば徐々に忘れることができると思う。
たぶんだけど。
いや、もうこれを区切りにして忘れないと。
「なあ、伊都は稲垣選手とドイツに行くのか?」
いきなり変わった話題に首をかしげる。
ドイツ?
・・・ああ、イチくんの移籍先のチームってドイツなんだ。
この間もそんなこと言ってたしさすがにスポンサー企業の専務さんはよくご存知だ。
「どうして私がイチくんと一緒に行くと思うの」
「二人が仲よさそうだから・・・・・・いや、俺がそう思いたくないからかな」
祥太朗さんがふっと小さく笑う。
「俺はあの時の選択が・・・・・・それがよかったのか悪かったのか、今でもわからない。あの頃の俺は確かに伊都のことが好きだった。将来だって考えてたから。ただ何を今さらって伊都が思ってるのもわかってる。だからこそ知りたい。伊都と稲川選手の関係をさ」
本当に意味がわからない。
押さえつけていた怒りにも似にた感情がじわりと浮かび上がる。
「そんなことどうでもいいよね。そういうのがどれだけ私のこと傷つけてるかわからないの」
「それは・・・・・・ごめん。でも、俺も後悔したくないんだ。このままだと折角再会できた伊都をみすみす他の男のところへと送り出すことになってしまうだろ」
「変な言い方しないで。それじゃあまるで祥太朗さんが私とやり直したいって思ってるみたいじゃない」
本当に失礼な言い方だ。
私の気持ちも知らず何を思ってイチくんと私との関係を邪推しているのだか。
「仮に私がイチくんの移籍先の国についていったとしてももう祥太朗さんには何の関係もない事じゃない」
そうだ、どういう意味であれ私は今日イチくんに一緒に海外に行くかと誘われたのだ。
祥太朗さんには選ばれなかった私が。
恋愛関係の誘いじゃなくてビジネスか旅行的なもので誘われたような気がするけど、そんなことを祥太朗さんに教える必要はない。
「・・・・・・本当は手放したくなかったし向こうにいても伊都のことずっと気になってたよ」
「……」
今日の話で祥太朗さんがお互いの為を思ってそうしたんだってことはわかったけど、それでも祥太朗さんはわたしのこと突き放して別れたのだ。
私たちはもうとうに終わってる。
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