群馬

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……………………………… …………………ここは?………………誰?……………… ………………僕は……………どこ?…………… …………………………… …………………… …………騙された…………………… ……ウッ!……………… ……………… …………りんごジュース……… …………りんごジュース……… …………りんごジュース……… めっちゃ酸っぱっ!! 「おうふ………」 目覚める大宮勝利(おおみやかつとし) 38歳無職。 目覚めるという表現は間違いかもしれません。 だって、彼が最後に見た光景─── 迫りくる大型トラック─── あと3秒、気付くのが早ければ─── 大宮勝利(おおみやかつとし)は、残念な男だった。 38歳無職ニート。 身長171cm 体重66kg 普通な体型でイケメンでもなければブサメンでもない。 どちらかといえば『いやいや違う違う分けれ麺分けれ麺』 ラーメンは好きだったが、イエメンに親族はいない。 時折ゲームオーバーメーン。 これだけでも十分残念な男だったが 今日は特別残念な日となってしまった。 彼の趣味は、一般人とはちょっぴり違っている。 今日は、特別に外に出る日だった。 そう─── いつまでも引きこもってばかりはいられない。 夢見る少女じゃいられない。てか、男だし。 大宮(おおみや)の家庭は、まあ普通といって良いかもしれません。 父親こそ、国籍不明のアメリカ人という感じだったが 群馬ではごく普通のサラリーマンで無名のミュージシャン。 月収はだいたい、手取り23万4877円くらいだ。 そんな住所不定無職に憧れた父親だったが 家庭という生き地獄を背負ってしまった以上、働くしかない。 それが、どれだけ辛いか解りますか?……… 早く決したいんです……… 日々の残業なんて、もうやーやーなの。 大宮勝利(おおみやかつとし)の父親は、これで良いと思っている。 たとえ一人息子がバカでしょ?アホでしょ?ドラえもんでしょ? と言われるのは覚悟している。 自分だって、群馬という秘境から抜け出したい。 だが今は、こうしてマイホームを構え(じじばばの遺産) けっこう不自由さを感じながらも とりあえず生活保護という最終手段が待ち構えていようとも 玉子が10個パックで300円を超えようとも 愛する妻を守る(35年くらい前まで)ことが達成できたので 息子の勝利(かつとし)のマウントを取って大爆笑した。 ───朝─── 「勝利(かつとし)、今日職安行くんだろ?」 父親はそう言って、股間の隠しポケットから財布を取り出す。 「はい。お父さん」 勝利(かつとし)はそう言って、喜びの反復横飛びを披露する。 股間の隠しポケットの財布の出現は ニートの勝利(かつとし)にとっては一大スペクタクルなのだ。 「ようやく、暗黒面を受け入れるか、息子よ」 父親はそう言って、財布から2枚のお札を抜き出した。 2万円─── 「おっ?今日は景気が良いな、おっさん」 勝利(かつとし)はそう言って、今度はヘタクソなエアギターを始める。 父親は不気味な笑い声をあげながら一言 「グーーーーッド」 と、なかなかアメリカンな発音で勝利(かつとし)を誉める。 そして、何事も無かったように会社に向かう。 その寂しげな後ろ姿を見送る勝利(かつとし)─── 「さて、オラもご飯にしよう」 2万円でウキウキの勝利(かつとし)がリビングに向かう。 そこには、勝利(かつとし)の母親が、北大路欣也の顔マネで待っていた。 「勝利(かつとし)、今日職安行くんだろ?」 4つの玉子でジャグリングに挑戦する母親。 2秒で、4つの玉子が床に散華する。 ここからが、大宮家伝統のバトルが開始されるのだ。 勝利(かつとし)とその母親が、床に這いつくばって落ちた玉子を吸いつくす。 「……ごちそうさま……」 勝利(かつとし)は2階の自室に戻り 部屋着として愛用しているセーラーレオタードを脱ぎ バトルスーツに着替える。 ───今日こそは、お仕事見つけよう─── 無駄なあがきかもしれないが、やるだけやってみる。 勝利(かつとし)のパフォーマンスとも思えたが それを静かに見守る両親に感謝します。 職業安定所──通称職安── 様々な人間が織り成す人間模様─── ハローワーク─── 勝利(かつとし)だって、働きたい。 いつまでも無職引きこもりニートというわけにはいかない。 「とりあえず、パソコンだな」 番号札を奪い、パソコンに向かう勝利(かつとし)。 秘境の仕事は、案外多岐にのぼる─── 《対栃木専属戦士急募 時給780円》 《朝ゆっくり5:00~出勤OK!》 《名剣ラグナロク(レプリカ)貸与 死亡保険完備》 《井戸掘り専門 時給580円 小学生不可》 《100m掘るごとにボーナス30円!》 《タコ部屋完備 食事代、光熱費、一日3500円》 《麦、雑穀の仕分け 時給490円 厚待遇》 《水飲み放題 余裕の14時間勤務(残業3時間含む)》 《絶対逃げられない安心の見張り付き》 《タクシー乗務員 急募 月給はおまえ次第》 《断れば不思議な力で死ぬ》 ─── ──う~ん……イマイチ…… じっくりと7分ほど閲覧し、職安を後にする勝利(かつとし)。 決断できない男─── だがそれはやむを得ない。 秘境群馬といえど、大都会埼玉県幸手市とは違う。 ──できれば、ゲーセンのスタッフとか、NASA職員とか── 一度、コンビニのアルバイトをしたことがあったが お客に対し『いらっしゃいました!』 と元気に挨拶したのがトラウマになってしまい それから勝利(かつとし)は引きこもってしまったのだ。 秘境群馬の寂れた街を歩き、帰路につく勝利(かつとし) 彼は、声に出さず、泣いていた。 「………くそっ……なぜ……なぜなんだ………」 溢れる涙……だが、声は限界まで我慢しなければならない。 なぜ?─── 勝利(かつとし)の目の前に、ある中年のおっさんが立ちはだかっていた。 彼は勝利(かつとし)の正面を向き ズボンのチャックを全力で上げ下げしていたのだ。 目線はしっかりと、勝利(かつとし)を捉えている。 しかもその顔は、美川憲一っぽい─── 「……っっっ……ぐはあっぁっひゃあぁっ!」 こらえきれなかった─── 勝利(かつとし)、爆笑─── 美川憲一っぽいおっさんが、止めを刺しにきた。 「こんばんわ。マイケル・ジャクソンです」 真顔の、美川憲一っぽいおっさんの勝利が確定する。 道端に転がり、爆笑する勝利(かつとし)─── ……また…負けちまった…… 就職もできず、通りすがりのおっさんにも勝てない…… 屈辱──恥辱── 勝利(かつとし)のメンタルはドン底に落ちたといっていい。 だがそれが、ここ群馬で生き延びるための試練なのだ。 勝利(かつとし)は、気分転換が必要だと考える。 いつまでも敗北を引きずってはいられない。 「……いらっしゃいませ」 ケーキ屋─── 気落ちした心を潤すには、甘いケーキが良い。 店内には、色とりどり、芸術作品のようなケーキが並んでいる。 イチゴショート、モンブラン、チーズケーキにチョコレートケーキ それにモンブランやマカロンにフルーツケーキ 大きな天ぷらそばこそ売り切れだったものの モンブランやチーズケーキ、モンブランもある。 勝利(かつとし)は、愛する両親に感謝を込めて チョコレートケーキを買うのをやめた。 ──糖尿病になられては困る。まだまだ養ってもらわねば─── 自分へのご褒美に、モンブランとモンブランを購入 それを、公園で貪り食う。 「やはり、モンブランは美味しい」 そう呟き、またしても爆笑する勝利(かつとし)。 美川憲一っぽいおっさんの真顔がよみがえってしまうからだ。 屈辱的敗北を引きずってはいられない。 勝利(かつとし)は商店街に向かうことにした。 商店街──群馬では非常にまれ──レアケース。 たくさんのハエが踊り狂う魚屋に寄る勝利。 「いらっしゃいニート。今日は良いの入ってるよ」 魚屋の親父が田中邦衛の顔マネで迎える。 原辰徳のグータッチで応える勝利。 「おぢさん。今日はチョウチンアンコウは?」 勝利が魚屋の親父に尋ねた。 「ここは魚屋だぜ?キアンコウならあるけれど  オススメはズバリ、金蝿」 得体の知れない熱帯魚に群がる金蝿。 勝利はそれを購入する。 「ありがとう。13円です。そのお魚もついでに持ってって」 支払いを済ませた勝利は、次の店に向かう。 「エヘヘ……お魚に金蝿……実はツイてるねノッてるね  朝から晩までヤってるね(笑)」 敗北を振り払うように明るく絶叫する勝利。 道行く原住民たちが、そんな勝利に火炎瓶を投げつける。 それを軽快にかわす勝利。 今日の命中弾は4発。回避率は向上している。 「少し熱いけど、これなら入院までではないだろう  まあ、中破ってところかな……ガラス刺さってちょっと痛いです」 引き分け─── そんな小さなハプニングも、群馬では日常。 勝利の今日の第一目標である職探しは失敗だったが もうひとつ、やっておきたい事があった。 「ここここ……」 ブティックしまむら 群馬県民憧れのファッションの聖地である。 「ヘイらっしゃい!」 男性店員が勝利を出迎える。 ファッションには人一倍うるさい勝利だったから ここしまむらでは常連のひとりとして 店員たちに徹底的にマークされている。 勝利は、白のブリーフを手に取る。 「さすが目が高いな……そいつは群馬イチの逸品だ」 店員がすかさず勝利の横に並び立つ。 「即持っていきな……ピンクのリボンはサービスしておくぜ」 値札を眺める勝利。 今朝、父親から2万円もらったばかりで、懐は温かい。 「……120円か……」 群馬での120円は大きい── これを自販機で使おうものなら即座に 『ジュース飲んでんじゃねぇよハゲ!』 と罵倒されてしまう。 だが、ブリーフならば話は大きく違ってくる 群馬の戦士の75%は、白ブリーフを愛用しているのだ。 すなわち、戦士として最低限の装備といってよい。 『ブリーフもらっていくぜ』 無表情の勝利だったが、心の中は歓喜に沸き立っていた。 男子たるもの、いつかはブリーフを── 「さっそく装備していくかい?」 勝利はその場で脱ぎ、新品のブリーフを履く。 その様子を遠巻きにしていた店員、約30人ほどが 盛大な拍手で勝利を讃え、まわりに集まってきた。 勝利は、群馬の戦士の仲間入りを果たしたのだ。
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