約束

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 しばらくして落ち着いた小夜は、便箋を大事に仕舞い立ち上がった。俺の方へ歩み寄ると、手紙を差し出してきた。 「俺にか?」 「あのね、ずっと言わなかったんだけど。私が一人暮らしを反対してた理由」  質問に対しての返答ではなく、手紙を差し出したまま語り出す小夜。何か意図があるのかと、黙って小夜の言葉に耳を傾ける。 「お父さんがさ、時々夜中にお母さんの写真を見ながら泣いてたの、知ってたんだ。だから、お父さんを一人にしたらお母さんの後を追うんじゃないかって思って」  もちろん、何度も考えた。いや、考えない日なんてなかった。だが、その度に紗那との約束が、小夜の存在が、俺を踏みとどまらせてくれた。でも、もう俺は約束を、親としての役目を果たしたのだ。きっと紗那も許してくれるんじゃないかと思う。 「でもそんなことお母さんも私も許さないよ?だってさ、おじいちゃんもおばあちゃんも居なくなっちゃったんだからさ。お母さんのことを覚えてるの、もうお父さんだけなんだよ?お父さんが死んじゃったら誰がお母さんのことを覚えてるの?だからさ、これ」  いつまでも受け取らなかった手紙を、無理矢理手の中に押し込めてくる。宛名には『孫たちへ』と書かれていた。 「おいおい、まさかこれ……」 「そ、お母さんからの新しいお願い。孫たちが素敵な人と巡り合って結ばれる時、お父さんの手で、お母さんからの手紙を渡してね」  片目を伏せる小夜を見て、大きな溜め息を吐いた。父親としての役目が終わっても、今度はおじいちゃんとしての役目が何十年と続く訳だ。俺の考えなんて、最初から紗那にはお見通しだったってことか。 「ふふ、孫たちへ、だって。まだ一人もこどもいないのにさ。気が早いよね、お母さんったら。……あ。もしかして、その手紙の中に『ひ孫たちへ』って手紙が入ってたりして」 「勘弁してくれ」 「まあそういうことだから、諦めて長生きしてよね。未来のこどもたちだって、おじいちゃんに会いたいはずだから」 「……そうかもな」  だったら生きてやる。何があったとしても。たとえ死んでも生き抜いてやるんだ。紗那が笑顔で『もういいよ』って言ってくれるその時まで。
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