煙草の煙

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煙草の煙

 兄貴とはじめてキスみたいなことをしたのは、俺が高1で兄貴が高3の冬だった。場所は兄貴の部屋で、俺たちは窓辺に肘をついて、並んで煙草を吸っていた。兄貴がぷかりと輪っかにした煙を吐き出したから、俺はちょっと感心した。それで、真似して煙を輪っかにしようとしたのだけれど、俺の口からはぼわぼわといびつな形の煙が出てきただけだった。  兄貴はちょっと笑って、舌、尖らせるんだよ、こうやって、と言って、俺の肩を掴んだ。俺はその手に逆らうという発想もないまま、兄貴に向き直らされ、舌を深く吸われた。  頭は真っ白になった。自分がなにをされているのかもよく分からなかった。それで出てきた言葉は、へぇ、だった。俺は、へぇ、と言ったその口で、舌を尖らせて煙を吐いた。今度は、兄貴がやったみたいにきれいな輪っかの形の煙が口から出た。  「できた。」  兄貴の方を向きながら言うと、まともに視線がぶつかった。兄貴は、やけに真剣な目をして俺を見ていた。俺は、とっさにへらりと笑った。真面目な顔をしてはいけない、と、身体の芯の部分が警告していた。  「かわいくねーの。」  兄貴もへらりと笑い、そう言った。俺は笑い返して、なにを言われているのか分からない、と肩をすくめた。もう、三年も前の話だ。  あの頃俺と兄貴は、従姉の瑞樹ちゃんに養われていた。母親は俺を産んですぐに駆け落ちして、父親は借金を作って蒸発したので、俺が小5の時に、瑞樹ちゃんが俺たちを引き取ってくれたのだ。そのとき瑞樹ちゃんも、まだ20代の前半だった。  兄貴は奨学金で大学に進み、瑞樹ちゃんの家を出た。俺は現在高校3年生。奨学金がとれるような頭のできはしていないし、就職活動にいそしむような勤勉さもないので、春からも現在バイトしている喫茶店でバイトを続けながら、瑞樹ちゃんとの二人暮らしを継続する予定だ。瑞樹ちゃんはそんな俺に、30までに一人で生きていけるようになればいいよ、と言った。瑞樹ちゃんだって、まだ30歳なのに。  毎日夕方の4時になると、俺は瑞樹ちゃんを起こす。瑞樹ちゃんは、銀座のクラブでホステスをしていて、夜7時が出勤時間だ。  「瑞樹ちゃん、起きて。」  瑞樹ちゃんの部屋は、いつも香水と煙草の濃い匂いが充満している。いつも家へ帰ってくると、シャワーも浴びずに寝てしまうからだ。  「うーん……春人?」  「それは兄貴。」  「雪人か。」  「うん。」  兄貴が出ていってから2年がたつのに、瑞樹ちゃんは寝起きには俺と兄貴を間違える。俺たちがここに引き取られてきて以来、瑞樹ちゃんを起こすのはずっと兄貴の仕事だったからだろう。    
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