いい夫婦

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 夫婦とは何か?  その答えを俺は父親からうんざりするほど見せつけられてきた。人に見せつけるものだ――と。 「ちょっと待て」  父親が俺の肩を掴んで言った。 「俺がいつお前にお母さんとの夫婦仲を見せつけた?」  これには俺は呆れるように言い返した。 「父さん。気づいてなかったのか? 自分の母親を、こう言うのはなんだが――父さんにはもったいないほどの女性で――父さんってば母さんと二人で並ぶと、いつも顔の筋肉が緩んでいたじゃないか。デレっとしやがって!」  俺は父さんの胸ぐらをつかんで問い詰めた。 「どこであんな女性を見つけて、どうやって口説いた?」 「あんなって、自分の母親だぞ、お前……」 「見合いじゃなかったよな? 頼む。教えてくれ。不可能を可能した、その方法ってやつを!」 「お前、父さんを一体何だと……」  俺の彼女いない歴は人生だ。つまり、生まれてから23年間、彼女だ恋人だって存在が出来たことがないのだ。 「ちくしょう……」 「こ、今度は泣き出すなよ」 「俺も夫婦って呼ばれてみたい……」 「まあ、そう気を動転させるな。恋人だのなんだっての、真面目に生きてりゃそのうちできるさ。自然とな」 「そう思って23年が経ちました」 「それは悲しいなあ」  俺は父さんからよしよしと頭を撫でられた。  父さんは静かに言った。 「しかし出会いってのは半分は運だと思うんだ。心がそんな落ち込んで内側に向いていたら、出会いの運なんか上に向くわけがないぞ」 「ふむふむ」 「お前はもう子供じゃない。大人なんだ。社会人なんだ。真面目に働いていれば、出会いの運もどこかでグーンと上昇するさ」 「それは難しいなあ」 「いや働けよ」 「無職になりたいって意味じゃないよ。仕事なんて適当にやった気分になっていないと心身がもたない」 「親に――いや人に向かっていうセリフかい……」 「まあ父さんの言いたいことはわかった。前向きになれってことだな」 「そうそう」 「では、ちょっと言ってくる」 「どこに?」 「前向きに、プロポーズにさ」  俺はポケットから指輪の入った小箱を取り出した。 「え? いつの間に?」 「子供は大人になるものさ」 「あ、相手は誰の娘さんだ?」 「ここらの不動産王の娘さん」 「あ、あそこの家のお嬢さんか!?」 「イエス」 「無理だ。いや無茶だ。高望みし過ぎだ。お前が玉砕どころじゃない。親が笑い者になる」 「息子に向かってそこまで言うか……」  俺たちがあーだこーだとやっているところに母さんが現れた。 「話は聞かせてもらったわ」 「母さんも言ってやれ。息子は破滅するって」 「あら? そうかしら? お父さんだって、私に告白する前に、誰かから似たようなことを言われなかった?」 「ううむ。母さんは性格美人で、とにかくクラスの男女関係なくモテたからなあ。俺が告白の特攻をしかけたところで、バンザイしながら倒れるだけだって、周囲から言われたもんだよ」 「それなのに、土下座するような告白で、圧倒されたわ。立ち上がったり土下座したりするあの時の父さんの姿ときたら、見てるこっちの首が上下に動いてしまって、付き合ってくださいの一言に、思わずうなづいてしまったのよ」 「おい、それって……」  俺は言葉に詰まった。首を縦に振らせようっていう誘導の演技じゃないかと思えたが、今さら夫婦の仲を壊すようなことを息子として言えなかった。 「当たって砕けろなのよ!」 「か、母さん。わかったよ!」 「砕けてどうするんだい? やめろやめろ。親との会話以外では口下手のお前は、必ずどこかで会話が途切れてしまうに違いない」 「大丈夫。俺はネットでは物おじせずに言えるから」 「だーかーらー、現実を見ろ」 「ああ。いい夫婦が目の前にいる」 「さすが、我が子。生き生きしてるわあ」 「イキってるだけだって!」 「あら、父さん――!」 「いや、母さん――!?」  どうにも止まらない。  これが夫婦の姿なのだ。  俺も彼女とこうなりたいと思えばいい。  それできっと告白は上手くいく。  不可能を可能にした夫婦に俺もなれるのだ。 「母さんで練習していけば?」 「それ、いいね」 「きさまっ!? そっちのジャンルにまで興味があったか?」  しまった、と俺は思った。 「ふふふ」  これは母親にうまく誘導されてしまった。  母親にはバレバレだったのだ。  俺が……マザコンだってことが。  まずこの立ちふさがる壁を乗り越えねば、誰かと夫婦というものにはなれなかった。  そして、それは不可能を可能にするようなもので、あまりにも高すぎなのだよ……。 <終わり>
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