俺、子供いたっけ

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 高校生の頃。あの一件から俺の生活は一変した。親にも親族にも罵られ、その日まで住んでいた家を叩き出された。 「二度と顔を見せるな!」  親父のあんな怒った顔ははじめて見た。結局、俺は施設に行くことになるが、学校も辞める羽目になり友人たちは全員背を向けた。  今さら後悔しても仕方ないが、身寄りのない俺が子供に会いたいと思ったって罰は当たらないだろう。  フラフラと電車に乗り、生まれ育った町についたのは夕方だった。記憶を頼りに町をうろつく。なくなった店、新しくできた店、見覚えのないスーパーもある。  ゆっくりと歩き高校生の頃、毎日歩いた道に出た。  ここで俺の足は立ち止まる。もういい年だというのに怖いのだ。大体俺の子供は息子なのか娘なのか。それすらも分からない。 「……帰るか」  呟いてみたがやはり足は動かない。どうすればいいのだろうか。 「おじさん、何やってんの?」  高校生くらいの男の子が声をかけてくる。不審者に見えたのだろう。 「いや……。人に会いに……」 「ふうん。なら進みなよ。駄目ならやめなよ。おじさん、その人に本当に会いたい訳じゃないんだろ?」 「そんなことは……」  男の子は俺の顔をまじまじと見る。 「後悔の多い顔してるね。ちゃんと決めなよ」  男の子は、そのまま俺の横を進んでいく。その背を見送っていくと数軒先の家に入っていった。 「……あそこだ……。ならあいつが……」  俺の子供の母親の家。しかし足が進まない。また二の足を踏んでいるとそこから年老いた男性が現れて、真っ直ぐに俺に向かってくる。  俺は一も二もなくその場に土下座した。 「すいませんでした!」 「何をしにきたのですか?」  怒気を含んだ声。俺が許されることはないのは分かっている。死ぬまで関わらないと決めていたはずなのに、こうやってのこのこと足を運んでしまった。 「……死ぬ前に一度でも子供の顔を見たいと……」 「……あなたはあの子と母親がどれ程苦しんだか分かっているのですか? レイプで生まれたあの子にあなたは合わす顔があるのですか?」 「すいませんすいません……」 「見たでしょう? あの子は強く生きている。そして気付かなかったのですか? あの子は一度あなたに会いに行っている」 「え?」  つい顔をあげる。男の顔は俺を見下している。汚いものでも見るかのように。 「レイプ犯であったとしても、父親の顔を知りたいとあの子は中学生のとき、一人であなたの身元を調べて訪ねていった。あなたはその時、なんと言ったか覚えていますか?」  そんなことがあった気がする。学生服の男の子に声をかけられたことが。 「うぜぇ襲うぞ。あなたはそう言ったのです。その時のあの子の気持ちが分かりますか? 母親が失意の中、命を落として父親を知りたいと思ったあの子すらあなたは傷付けたのです」 「それは……」  分からなかった。いや分かっていても俺は父親らしい言葉など吐けなかった。 「私が出てきたのは、あの子はあなたが父親だと分かっていることを伝えるためです。あなた死ぬ前に会いたいと言ったが、私たちは死んでもあなたを許さない。娘は自殺しました。原因はあなたです。私の個人的な感情を言うと正直あなたには死んで欲しい。それでもまたあの子に会いたいと言えますか?」 「……すいません……」  それしか言えなかった。レイプでできた子を堕ろさなかったと聞いたとき、俺は何をしていたっけ?  ただ、世の中を恨んでいた。目の前の男は娘がレイプで産んだ子供すら愛してきたのが分かる。俺には何も言えない。 「お帰りください。あの子を苦しめないでください。私たちの大事な孫です。例えあなたの血が流れていたとしても大切な家族です。二度と近づかないで頂きたい」 「はい……」  俺は立ち上がり、フラフラと駅に向かう。  俺は一体何しに来たんだっけ?  俺は何も残せなかった。  家族はいないんだ。  世の中は、くそったれのはずなのに、俺の子供はくそったれにならなかった。くそったれ。優しい世の中なんか俺には眩しすぎる。  とぼとぼと歩いて駅の前で煙草に火を点ける。 「残りの人生もういいや」  世の中が眩しすぎる。  もうこの町には二度と来ない。  俺が俺で全部ぶっ壊した。俺はとっくに壊れていた。  一服を終えて電車に乗る。  誰かに会いたいなんて、俺が思っちゃいけなかったんだ。こうなるってもっと早く気付きたかった。  残るものは俺の命一つ。それももうすぐ終る。
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