明るい朝は、トーストの匂い

1/7
154人が本棚に入れています
本棚に追加
/41ページ

明るい朝は、トーストの匂い

 父さんと、母さんが別々に暮らすのは、仕方がないと思っていた。 だって、母さんは、夢見る男が好きなんだ。  口ひげを生やした、熊みたいな大男が、山の中に大きなブドウ園を作った。 潮風にあたることで薬剤散布が少なくても、健康なぶどうが育てられるらしい。 それを使って、完熟ぶどうを育て、ワインを作るのが、熊みたいな大男の夢だ。  その熊みたいな大男の夢に、母さんは夢中になったんだ。 母さんは、父さんと俺を家に残したまま、男の家で暮らすようになった。 そして、いつの間にか、母さんは俺の家族じゃなくなっていた。  でも、熊みたいな男も、母さんも、俺には「いつでも遊びに来て良い」って言ってくれたから、俺は時々遊びに行ったり、ブドウ園の手伝いをしに行ったりしていた。 母さんは、ちょっと遠くで暮らしている…くらいの感覚だったんだけど。  ある日、父さんが、超真剣な顔で「会ってもらいたい人がいる」って言ってきて。  ちょっと綺麗なレストランに連れて行かれた。 そこには、優しそうな女の人と、同い年ぐらいの男の子がいて、その人達と父さんと俺で、新しい家族になろうって言われた。  それで、気づいたんだ。 母さんはもう、俺の家族には戻らないんだって。 その時俺は九歳で、小学校三年生だった。 気づくのが遅いよね、ホント嫌になるよ。  優しそうな女の人は久美(くみ)久美くみさんって名前で、男の子は海人(かいと)君。  それから何度か、一緒に遊びに行ったりした、遊園地とか、水族館とか… 久美さんが作ってきてくれた弁当が綺麗で、しかも美味しくってびっくりした。  父さんは目玉焼きでさえ焦がしちゃうくらい不器用だから、見ただけで腹の虫がギューって騒いだ。  久美さんが、嬉しそうに色々取り分けてくれた、海人も「これが美味しい」とか「辛いの大丈夫?」とか、いろいろ話をしてくれて、俺が美味しくてびっくりしてたおかずなんて、自分の分を分けてくれたりして、胸の中がほわほわした。  海人は同い年で、サッカーの事や、ゲームなんかの話をしているだけでとっても楽しかった、学校の友達よりずっと気が合った。  この人たちと家族になるのも悪くないなっておもったから、父さんにそう言った。  父さんが、嬉しそうにしていたから、間違えてなかった…よかったって思った。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!