第56話 楢の木

2/3
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/136ページ
 予想外の手応えだったからか、はっとしたように、グレゴが戦鎚(メイス)を手もとに引きもどす。その長さはもとの半分ほどになっていた。〈首のない夜会服の女〉のからだの向こうで、ごとりと金属の塊が地面に落ちる。戦鎚(メイス)()のなかほどが喰われたように消え失せていた。  しろくしなやかな手がさまようように宙を泳いで、グレゴを(とら)えようとする。それを、払い、突き、払い、とするうちに、戦鎚(メイス)は、みるみるみじかくなっていく。  たすけに入ろうにも、俺は〈餓狼(がろう)〉の一本を手にして動けずにいた。力があふれるどころか、逆に、全身の力を吸いとられるようだった。  戦鎚(メイス)とよぶには短くなりすぎた棒きれをもってグレゴが距離をとり、〈首のない夜会服の女〉は、標的をかえて俺にむかってきた。逃げるどころか立っていることすらあやしい状態で、よろめいて倒れたところへ白い手が伸びてくる。触れられたらおしまいだ。  手にした〈餓狼(がろう)〉を離して、立ちあがろうとしたが、まだ全身に力がはいらない。迫ってくる白い手が視界の端で浮かびあがるようにしている。ほとんど()れられたかと思え、肌に悪寒を感じたとき、うしろから服をひっぱられ、気付くと、レナが俺をひきずって逃がそうとしていた。もし、いま触れられたら、レナを巻きこんでしまう。  離せ、離せと、わめくのに、強情なレナは、まるで聞こうとしない。〈首のない夜会服の女〉の白くしなやかな手が迫っていた。 『にゃにをしてる! 義足を使え!』  と、気の抜けそうな声が聞こえた。ああ、クロ《=大魔法使い黒猫ver》の声だと思うのと、銀の義足を緩慢(かんまん)に持ちあげるのと、ほぼ同時だった。自分としては、義足で蹴りとばそうという気持ちだったが、実際には、倒れたまま足を持ちあげ、〈首のない夜会服の女〉に足裏をむけたに過ぎなかった。
/136ページ

最初のコメントを投稿しよう!