130人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
コンタクトはハード派
「だりぃ…ちょっと、今日暇すぎじゃね?」
ここは、東京都心の複合商業施設内のハンバーガーショップ、ダンプバーガー。
ガッツリ系だけど味も捨てない満足感ぶち上がりの人気店だ。このビルに入っている他のイタリアンやフレンチ、和食とは少し客層の違う店だけど海外からの観光客も多く中々の売り上げらしい。
そこで、働く大学生の俺、渡辺 レオン(20)
あっ、言っておくが、ハーフじゃ無い。先祖代々、石川県に住む生粋の日本人だ。
そう…キラキラネームだよ。まじで、よく「渡辺 レオンさーん(笑)」と苦笑しながら呼ばれる。
でも「はーい」と返事して呼んだ人と目が合うと、大抵相手の動きが止まる。
そう、俺…顔が良いんだわ。マジで。
残念ながら、俺の好みのモデルとか俳優系の良さじゃなくて、アイドルっぽい幼い系の格好良さだ。
もう、幼い頃からチヤホヤされたよね。
モテまくる、モテまくる。
女の子キャーキャーだわ。頭も良いし、運動神経抜群だったからな、定番だけどリレーでアンカー走っては、大騒ぎだった。
同級生の男子達には、羨ましがられていたけど…俺の恋愛対象、女の子じゃねーんだわ。
いや、かわいいよ、女の子。好きだよ。友達として。姉が3人もいたから女の子の扱いもお手の物だったし。
でも、好きになって貰っても申し訳なさしかないから、大好きな昆虫を盾に「死ぬほど虫が好きな子としか付き合わない。デートは常に昆虫採集!」と公言して、高校の鞄にもオニヤンマとかカブト虫の飾り付けまくって、虫Tシャツ着てたら観賞用男子に認定され平和な日々を過ごした。
「そりゃあ、ビルに居ると感じ無いけど、結構な雨降ってるからなぁ…座ってないで紙ナプ補充しろ、そろそろ店長来るぞ」
「あぁ-、やる気でねぇ」
「おい…」
俺は、高校からの親友、林 亮平に抱きついた。
嫌がる亮平の頬に、ふざけてチューを迫る。俺の方が2㎝低いけど、ほぼ同じ身長だからとてもフィットする抱き心地だ。
「汚い口を近づけるな!」
さっぱりした優男顔に似合わない力強い手で押しのけられた。
顔に似合わず、意外と筋トレしている亮平は、脱いだら凄いタイプだ。
家賃節約のために一緒に住んでるから、しょっちゅう目にするそのシックスパックの腹筋に拍手している。
「ひどいっ……俺の事そんな風に思ってたのね!」
泣きマネをしてカウンターのテーブルに伏せた。
「うるさい、糞ビッチ」
亮平が俺の伏せた直ぐ近くをアルコールスプレーして拭き始めた。
アルコール臭が鼻にツンとする。
「なんだよ…東京に出てきて早1年4ヶ月、全然セックスしてねぇし」
確かに俺はセックスが大好きだ。
大好きな昆虫だって交尾に全てをかけて生きているんだぜ!と昔、亮平に言ったら「お前は昆虫か…人類じゃないのか……そもそも、お前の交尾は雄同士だろっ」と怒られた。
亮平は機械が大好きで、人間に対して潔癖っぽい所がある。未だに童貞で、年齢が恋人居ない歴の亮平にとって、俺は異星人なのだろう。
俺達は、【様々な昆虫のロボットを作る】という2人で立てた夢でつながり、同じ工業大学に通って共同で生活をしているけど、基本的には全然似ていない。
「嘘つくな…この前、3番目のセフレが、わざわざ石川から押しかけて来てただろ」
「あぁ…アイツね…俺、別れた奴とはしない、尻の硬い尻軽だから断ったわ」
カウンターから、むくりと顔を上げて亮平の顔を見つめて、ニッコリと微笑んだ。
俺の綺麗な顔を気に入っている亮平が、アルコールスプレーを手に後ずさった。
鉄とか機械のツルツルした綺麗さが大好きな亮平は、俺のツルツルぴかぴかの綺麗な肌の顔も好きだ。俺が顔も洗わずに寝ていると、勝手にコットンパックとかしてくれている。
「意味がわからない。しかもお前の尻はツルツルだろ。硬くない」
「…ぷっ…、ちょっと触ってみるか?」
亮平と寝る気は無いけど、ペロリと舌を出して冗談で言ってみた。
「気持ち悪いこと言うな!」
プシュ!
亮平の手のアルコールが、俺の顔の方に向かって噴射された。
「いてぇぇぇ!」
殆ど掛からなかったけど、ハードコンタクトレンズ入れている左の目がメチャクチャ痛くなった。
ワンデイのソフトが主流のこのご時世だけど、俺はハード派なんだ。
だって、ソフトは取るときに目に手を付けて、くにゃっとする感じが気持ち悪くて嫌いなんだ…。
「うわっ…ごめん!悪い!つい手に力入った!大丈夫か!」
目を押さえて伏せる俺を、亮平が慌てた様子で心配している。
「うっ……痛い……まじで…」
顎を持たれて、顔をくいっと上げられたけど、痛くて左目が開かない。
「ごめん…ごめん……すげぇ涙でてる……大丈夫か………あぁ…」
何とか開いた右目で亮平を見ると、捨てられた子犬みたいな顔で俺を見ている。
目も痛いが、なんか胸がムズムズする。
コイツこの前、大学で同じ講義受けている奴が工具足に落として悶えてた時に「アホだな…」と凄い冷めた目で見てたのと同じ人間か? あっ…そうか、自責の念か。
「ちょっと…頑張って開いて見せてみろ……痛いけど…我慢しろ…コンタクト取ってやる……頑張れ」
ボロボロ泣く俺の手を握る、亮平。
もう一つの手が俺の頬を包みこんでいる。
あれ?これ…傍から見たら、BLじゃねぇ?と、どうでも良い事が頭をよぎった。
「痛い……痛い」
「ごめんな……ほら…ちょとだけ頑張れ」
頑張って左目を開けたら、亮平が上手いこと、さっとコンタクトを取ってくれた。
うん、まじでコイツ、いつも器用。
「よし、取れた」
「うぅー、ちょっと落ち着いたけど…やっぱりまだ痛い…」
「ごめんな…」
泣きそうな顔した亮平が、俺の尻のポケットに手を突っ込んで、コンタクトケースを取り出し、レンズをしまってくれた。
「ちょっと、バックヤード行って痛いの治まったら眼鏡して来い…な?1人で行けるか?」
何時もより優しい声の亮平が、再び俺のポケットを漁り、バックヤードの鍵を解除するpassとコンタクトケースを手に握らせた。
おいおい、亮平さん、これ俺が女子だったらトキメイテしまいますよ。
「ついでに、ちょっとサボってくる…」
心配させないように、ちょっと馬鹿な事を言ってみた。
しかし、亮平は優しく笑った。
「任せておけ」
「……」
俺は不思議に思った。
何故、亮平はモテないのだ?
顔は、抜群に良いわけじゃ無いけど、整っていて優しそうだし、背は高くないけど低身長って程でもない。都内のトップクラスの工学部だし、家は結構金持ち。機械オタクだけど、ファッションとかにも気を遣っていて、私服だってイケている。
はっ!そうか!
俺が格好よすぎて、目立ち過ぎて亮平が霞んでいるのか!!
いやー、申し訳ないぜ。
でも、きっといつか、目利きできる女子がお前を見つけてくれるさ。
「大丈夫」
俺は、ポンっと亮平の肩を叩いてから立ち上がり、バックヤードへと歩いた。
□□□□
バックヤードの階段部分は、大体皆エレベーターを使うから従業員もそんなに通らない。
俺は、階段に腰掛けて、まだ偶に流れてくる涙を腰巻きするエプロンで拭った。
そして、痛みが落ち着いたら立ち上がって、従業員が身だしなみをチェックする為に取り付けられている鏡を見た。
目が真っ赤になっていた。
「……もう嫌だ…」
どうしてハードコンタクトレンズって、こんなに不便なんだ。
ちょっとゴミが入ったりしただけで、地獄の痛みだ。
「やめたい…」
ソフトデビューしたい。ワンデイのやつ。
でも、やっぱり…あのクチャってなるのが嫌なんだよ!生理的に受け付けない。
~♪
ふと耳に入って来た、館内の音楽。これは、確か雨が上がると流れるやつ!
まずい…さっさと眼鏡に変えて店に戻らないと!いくら暇でも亮平が心配だ。
俺は、良し!と気合いを入れて、従業員のロッカールームへと向かった。
最初のコメントを投稿しよう!