迷宮調査

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迷宮調査

 湿地帯に入った。  額に角を一つ生やした人型の魔族と所々粘着質の液体を纏う少女。  少女の回りには飛び跳ねるようにして進む無数のスライムがいた。  特に赤色、青色、黄色のスライムは少女の近くを必死に警戒する。 「ライヒ様、そろそろですよ。私たちの迷宮、すごく楽しみです!」  少女は赤色のスライムが跳ねた瞬間に抱える。  赤色のスライムは少女の腕のなかで脱力したように垂れる。 「僕は今回の決定に不服しかないが。予算が相場の十分の一程度。一応作っておくか、そんな調子だと思うからな」  一つ角の、ライヒと呼ばれる魔族は、木々の隙間から見える大きな穴を見つけた。  頭を掻いた。  湿地帯に入って今見つかる場所など、冒険者に簡単に見つかるということだ。 「駄目ですよ、ライヒ様! 魔王様に殺されてしまいます。逃げるなんてそんな」 「この穴は駄目だ。シェーン、僕と逃げるぞ。おい、スライム三銃士。お前らは僕に逆らうつもりはないよな?」 「私の部下を怖がらせないでください。だよね、ロート、ブラウ、ゲルプ」  赤色のスライムがロート、青色のスライムがブラウ、黄色のスライムがゲルプというらしい。少女シェーンは頬を膨らませてライヒをじっと見る。  ライヒは諦めて穴へ向かう。 「「俺たち、シェーン様の言う通りですので。ライヒ様が迷宮主に選ばれたこと、シェーン様は大変喜んでおられました! また一緒になれると」」  三色のスライムが息を合わせて言う。スライムたちはみなシェーンの直属の部下だ。  シェーンはスライムの王である。人型であるがスライムの特性は網羅している。  よってスライムにはライヒに対する忠誠は全く持っていない。  シェーンがいるから付いてきているだけだ。 「また一緒か。ならなおさら逃げるべきだと思うがな」 「弱気にならないでください。魔王様、冒険者を追い払えば追い払うほど報酬をくださるみたいで。迷宮もきっと豪華にできますよ! ライヒ様に期待しているんです」  シェーンは胸の前に握りこぶしを添えて言う。  シェーンを覆う粘着質が水のように跳ねた。  ライヒは穴に辿り着くと、正八面体の宝石を取り出す。  目を焼くように激しく光ると、目の前の穴がぐにゃぐにゃと波を打つように変化する。  ようやく変化が終わった。 「『地図(ラントカルテ)』、これで迷宮の階層が分かる。……全部で五階層か。広さはなかなかだな。よし、今日は階層を簡単に探索して一泊して帰るぞ?」 「ええ、えっち。私とお泊りしたいなんて」 「シェーン、変なことは言うな。仕事だぞ」 「そうですね、わくわくします。幼馴染なのに何度も離れ離れになって、だから今回迷宮主にライヒ様が選ばれて、ライヒ様が補佐として私を選んだこと嬉しかったですよ?」 「たまたま優秀なやつの手が空いていたからな」 「急いで成果をあげてましたよね? 少なくとも強さを認められた方には迷宮であれ、一戦闘部隊であれ補佐を選ぶことができます。頑張っていたの知ってますよ? ライヒ様、戦いが嫌いなはずなのに」    迷宮を進んでいく。  壁の質、迷宮の明るさ、下の階層に行く方法。  調べることは少なくない。  だが。 「もう最下層か。あまりに罠にできそうなものがないな。本当に迷宮に適しているのか?」  ライヒは踵を返した。  調査の段階では野営の必要がない。  そんな状態で冒険者を返り討ちにできるとは思えなかった。 「魔王様は何を考えているんだ? まあいい。さっさと倒されてこの迷宮の担当を降りる。シェーンは一生僕の補佐でいることになっている。この迷宮が終わっても一緒だ」  帰り道、シェーンはスライムと頭を撫で合っていた。  ライヒは微笑んでしまう。  迷宮には誰かが死ぬ価値などない。  シェーンと生きるために迷宮を運営するのだけだ。
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