人気モデル木乃の本気

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 木乃は、その日の撮影を終えて、 明日のスケジュールを確認すると、そのまま電車に飛び乗った。  日暮れ近く、見慣れない女性客が、西沢時計店にやってきた。 白く美しい顔、黒くつやのある長い髪、印象的なおおきなサングラスをしていた。  女性客は、カウンターに座ると、長い足を組んでコーヒーを注文した。    圭佑はその女性を知っていた、真言の時計で見た、真言を慕っている、モデルだ、きっと彼女は、真言が好きだ。  扉につけられたベルをならして陶芸家の深見が入ってきた。 「こんばんわ、真言君、今日は、来ました?」 「あぁ、いいえ、今日から、東京で仕事みたいです。 明後日には、戻ると言っていました」 「そうなんだ…あぁ、俺にもコーヒーください」 深見はカウンターに座った。 「俺、アトリエに販売スペースを作ったんです。 それで、真言君に、写真撮ってもらおうと思って……」 「お急ぎですか?」 「いえ、もうすぐ、町役場の仕事が、終わると聞いたので、その前に、お願いしたいと思って」 「え?」 「聞いてませんか?」 「いえ」 「あれ?そうですか…… 真言くんと仲が良さそうなので、てっきり…… 」 深見は、ポリポリと耳の後ろを掻いた。  圭佑は女性にコーヒーを出すと、今度は深見の分の豆を挽き始めた。 「そうだ俺、写真家・園部真言の展覧会、見に行ったことあるんですよ。 その写真と、真言君の雰囲気が違う気がして、つながってなかったんですけど、昨日整理していたら、パンフレットが出てきて、やっと気がつきました。 今度持ってきますね、パンフレット」 「そうですか…… そういえば写真、ホームページのものしか、見たことないですね…… 」 圭佑はドリップを落としながら、ポツリといった。 「おや、それも意外です」 深見は、ゆっくりとコーヒーを飲みながら、圭佑と少し話をして帰っていった。  店には、圭佑と女性客だけになった。 「西沢圭佑さん」 女性客が急に圭佑を呼んだ。 「はい」 圭佑は、びっくりして、深見の使っていた、コーヒーカップを下げる手を、ひっこめた。 「貴方が、マコトセンセに時計をあげた人でしょ」 「え?時計?」 「入試の時に、マコトセンセを助けてくれた西沢先輩、マコトセンセの好きな人」 圭佑は驚いて、女性客を凝視してしまう。 なぜ、そんなに事まで、知っているのだろう 「私、モデルをやっています、木乃です。 私、かわいいじゃないですか」 「はい」 突然話題が変わっていくことについていけず、とりあえず返事をする。 「私に好かれて、嫌な気持ちになる男なんていないんです」  圭佑は返事に困って、視線を泳がせた。 丁度、三和子が、ドアを開けようとしているところだった。 「私、マコトセンセが好きなの。 マコトセンセも私と付き合った方が、幸せになれると思いませんか?」  三和子は何かを察して、扉を開けずに、その場に佇んだ。 「そうですね、貴女のように素敵な方なら…」 「じゃあ、マコトセンセを私にゆずってください、今ならまだできるでしょ。 マコトセンセの気持ちは、受け入れられないって言ってください。 私が、絶対、マコトセンセを幸せにするから」 「あの…」 「貴方は、マコトセンセをがいなくても平気でしょ、私は生きられないわ」 木乃のコーヒーカップを持つ指先が、カタカタと震えていた。  圭佑は驚いて、木乃を見つめたまま、言葉がでなかった。 声が出せない分、頭の中は、急激に様々な事を考えていた。 (真言君がいなくても平気? いや、多分平気じゃない。 真言君に、恥ずかしい姿ばかり見せて…… あんなに泣いて、耳をふさいでもらって…… 気遣ってもらって、甘えてばかりだ。 真言君が、居てくれたから……。 あの仕草に、表情に見とれていた。 声が聴きたくて、もっと話してくれれば良いのに……。 見つめられる目が、キラキラしていて……。 『記憶してください』そう真言は言った 園部真言ーーーその名前なら、六年前から一度も忘れない 泣きそうな顔で受付にやってきた、彼を見たときから…… ずっと、記憶に残っている。 あの時、どうしても助けてあげなきゃと思った。 時計をわたして…彼の記憶に残りたかった…… たった一人の、特別なんだ)  圭佑は顔を上げて、木乃を真っ直ぐに見た。 キチンと言わなくては……と、息を吸い込んだ、そのタイミングで…… 「返事は聞いてあげないわ」 木乃は、そう言い捨てると、コーヒー代をカウンターに置いて立ち上がった。  扉の外にいた三和子は、慌てて木乃に、道をあけた。  店から出ると、木乃は空を仰いだ、夕焼けに染まっていた空は、次第に夜の色に変わる、そんな時間。 「うわぁーん、うわぁーん」 そのまま、木乃は、声を上げて子供のように泣き出した。 三和子は驚いて、その場に立ち尽くした 「何泣いてるんだい、さっきの勢いは何だったんだ」 木乃はしゃくりあげながら「だって…」と繰り返した 「…しょうがないね、とりあえず私の店においで」 チラリと店の中を見ると、圭佑がまだ固まっていた。  三和子は圭佑に片手をあげて合図すると、木乃を連れて行った。 三和子は自分の店に戻ると、木乃に箱ごとティッシュをわたして、ソファーに座らせた。 「あ…ありがと…」 木乃は涙を拭いて、鼻をかんだ 「私、木乃っていいます。 マコトセンセが好きで、今日、センセに会ったら」 そこまで来ると、また声を上げて泣き始める ティッシュを何枚もとりだして、涙と鼻をふいた。 「会ったら、恋人ができたって、嬉しそうに言うから、ちょっと見てやろうと思って、あの店に行ったんです」 「…どうして、あの店ってわかったんだい」 「知ってたもん、マコトセンセが好きな人、大学の先輩で西沢さん。 マコトセンセが、この町で仕事してるのも知ってた、この町にいるんだって、ピンときた だから、この町に来ればわかると思ったの」 木乃はまた、鼻をかんだ。 「この町で、西沢って名前を探したの、時計店だった、カフェをやってたから、入ったの。 そしたら、お客さんとマコトセンセの、話をしてた。 この人が、マコトセンセの好きな人なんだて。 わかったの。  なのに、あの人、マコトセンセの写真、見たこと無いって。 あんなに、マコトセンセが、一生懸命、打ち込んでいるものを、知らないのに、恋人だなんて! 私の方が、いっぱいマコトセンセのこと、好きなのに!」 そこまで話してまた泣き出した。 「やれやれ、忙しい子だよ… いったいどうしたいんだい」 「誰よりも、マコトセンセのこと、知っていてほしいの! 誰よりも、マコトセンセのこと、大事に思ってほしいの!」 そこでいったん息を吸い、しゃくりあげた。 「だって、好きなんだもん。 マコトセンセに幸せになって、ほしいんだもん そのくらいちゃんと好きなんだもん」 木乃はまた、子供のように泣いた  三和子はその様子を見て、笑い出した。 目に涙がたまるほど笑った、散々笑って一息ついた。 「今夜は私のところに泊まるといいよ、 おいしいお酒をご馳走してあげるよ」 三和子は、いつもより早く店を閉めると、泣きじゃくる木乃を連れて家に帰った。 家でくつろいでいた、明さんを、たたき起こして 巻きこんだ、大いに飲み、大いに語った。 夜が明けるころ、三和子と木乃は親友になった。 「あぁ、いたたた」 西沢時計店のカウンターで、 三和子はコーヒーを飲んでいた 「三和子さん、飲みすぎです、 酒くさいです。 明さんもあきれていたんじゃないですか」 圭佑は顔をしかめた 「いいじゃないか、この年になって友達ができるなんてめったにないんだよ」 「友達になったんですか?」 「あぁ、そうさ」 「俺には、宇宙人より理解できない人でした」 「いいこだよ、 圭佑ともきっと親友になれるよ なんといっても、好みが似てるから」 圭佑は無言で、洗ったカップゴシゴシ、拭いた。
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