ポケットは想いを届ける

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 放課後になり、部活に行こうと荷物をまとめた。  教室を飛び出していく友人たちに挨拶をしながら忘れ物がないか確認する。  教科書がずっしりと重いリュックを背負い上げて教室を出ると、「待って!」と誰かに呼び止められた。  振り向くと、片瀬くんが立っていた。その手には読んでいた小説が握られていた。  気になっている人に呼び止められて、ドキリと胸が高鳴る。  いやいや片瀬くんが私なんかを好きになるわけがないんだから、冷静になりなさい、私。 「なに?」  平静を装って首を傾げると、片瀬くんは手に持っていた小説を差し出した。 「これ、すげー面白かった。ありがとう。君がナノだろ、返すよ」  私はポカンと口を開けた。 「あれ、違った? おれ、ミナトなんだけど。柏木さんがナノじゃないの?」  脳の処理が追いつかない。  片瀬くんが、ミナト。  先程まで頭にあった考えだが、いざその考えが正しかったことを知らされると衝撃が大きかった。 「えっと、ポケット、とか心当たりない? うわ、人違い? まじごめん。気にしないで。それじゃ」  片瀬くんは焦った様子で小説を差し出した手を引っ込め、去って行こうとする。 「か、片瀬くん!」  片瀬くんは眉を下げて気まずそうに振り返った。 「ん?」  私は深く息を吸って、一息で言い切った。 「小説、楽しんでもらえたみたいで良かった。今までボールペンとかのど飴とか他にも色々くれてありがとう。ミナト、くん」  今までミナトと呼んでいたのに、いざ本人を目の前にすると言いにくくて「くん」をつけてしまった。  片瀬くんは顔をパアッと明るくしてこちらに駆け寄った。 「やっぱりナノ、なんだよね?」 「うん」  頷くと、片瀬くんは嬉しそうに顔をほころばせた。  小説を受け取ると、片瀬くんは何か言いたげにもごもごと口を動かした。 「どうしたの?」  部活の時間も迫っている。  焦れた私が問うと、片瀬くんは思い切ったように口を開いた。 「あのさ。明後日の日曜日、予定空いてる?」  耳を少し赤くした片瀬くんは深く息を吸った。 「日曜日、部活が休みなんだよね。だから、さ。ナノさえ良ければなんだけど、一緒に図書館に行かない?」  私は目を見開いた。  片瀬くんにお出かけに誘ってもらえる日が来るなんて、思ってもみなかった。 「図書館、行きたいな」  そう答えると、片瀬くんは、ミナトは、まぶしそうに片目を細めた。 「決まり。デートってやつだからさ、よろしく」   夕方の教室の前の廊下。  まだ教室には人が残っていて、部活に急ぐ生徒たちが廊下を駆け抜けていく。  衝撃的な言葉を言い残した彼が走り去っていった方向を、私は部活に行くのも忘れて呆然と眺めていた。
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