わたしのささやかな秘密

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わたしのささやかな秘密

 わたしの前世は、無実の罪により追放された侯爵令嬢ルイーズだったのだ。  高い塔の天辺の小さな部屋に閉じ込められ、そこで短い生涯を終えた。  自分が、異世界からの転生者だと気づいても、わたしの暮らしは何も変わらなかった。  前世の世界の方が、明らかにこっちより文明の発達は遅れていたし、残念ながら、こっちに転生したからといって、精霊の加護とか聖なる力とかは授からなかった。  ファンタジー小説の主人公のように、前世の知識や授けられた特殊な力を駆使して、こっちの世界で大活躍――、とはいかなかったのだ。  わたしは、いたって普通な子ども時代を過ごした。  日々の暮らしの中で、自分が転生者だと意識することもなかった。  前世では十七歳で亡くなっていたので、今生で役立つような人生経験も積んではいなかった。  今生でもそうだが、前世でも本好きだったらしく、本から得た知識を多少は思い出すことができた。前世で生きていた国の歴代の王の功績とか、そこで流行っていたロマンチックな詩とか――。  当然のことだけど、この世界で役立つものはほとんどなかった。  そして、いつのまにか前世の寿命を越えて生き延び、今に至っている。    わたしの名前は、水元咲桜里(みずもとさおり)。  C大学付属の中高一貫校の図書館で司書をしている。  わたしは、この学校の卒業生であり、元図書委員長でもある。  卒業後も、イベントや展示の手伝い、図書委員が参加するビブリオバトル選手権の指導などで、たびたび図書館にお邪魔していた。そんな折、在学中にお世話になった先生から声を掛けていただいたのをこれ幸いと、大学卒業後すんなりここに就職してしまった。  勤め始めて二年。もともと図書館員を目指していたし、決して採用が多いわけではない正規の司書として働けているので、今の境遇には何の不満もない。  前世と違い、平和で豊かな時代に生まれることができたのだから幸せだ。  だけど、ときどき思うのだ――。  前世に比べ今生は、ずいぶんと平凡な人生になりそうだなあと――。
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