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二人がまだ玄関で話しながら靴を脱いでるうちに、ゴミ箱に花を吐く。
……気持ち悪い。苦味が喉と舌を通って、胃液も吐きそう。
けれどそろそろ二人が隣の悠生の部屋に入ってくる頃だから、ぐっと息を飲み込んで耐えた。吐いていることに気づかれたくない。
ガチャ、パタン……二人が部屋に入った音がする。それから。
「ねえ、抱きしめて」
「……ああ……」
「もっとちゃんと……いつもみたいに、キスをして?」
「悠生……」
始まった。二人がイチャついてる会話。俺が珍しく家にいるとき、年上で分別がある郁実君は遠慮があるように思えるけれど、結局は悠生の甘えた声に負けてしまうんだ。
俺がいないときは、どうせなんのためらいもなくヤりまくっているんだろう。
「いいから早く。そうじゃないと俺……」
悠生の声が萎む。郁実君の胸に顔を埋めたのかもしれない。
「ん、んっ、郁実君、好きっ……もっと。もっとして。ねぇ、もっと強く抱きしめてぇ……」
しばらくの沈黙のあと、荒い息遣いまで伝わってくる悠生のかすれた声がした。
「ぅ……」
耐えられない。込み上げる吐き気と、胃の中でせめぎ合うように花が咲く圧迫感。
これは、郁実君への叶わない思いの苦しさ。
俺は口元を押さえて外に飛び出した。
「うぅっ、ゲホッ、ゲホッ、ぐっ……」
苦しいよ、痛いよ。
苦しいよ、痛いよ。郁実君……!
道路の隅に、チューリップの花弁と涙が零れ落ちる。
「うわ、あの人チューリップ吐いてるよ。可哀想。苦しんで死……」
「しっ。早く通り過ぎるぞ。感染したらたまらないからな」
後ろを通り過ぎる人のヒソヒソ声が聞こえた。
花吐き病患者が吐く花に触れたら、毒素に当てられて体調を崩してしまう。最近では、感染して叶うはずの恋も叶わなくなるとまで言われ始め、隔離しようとする声も上がっている。
俺もこの苦しみを抱え、一人寂しく死んでいくのか……? どうして? 双子の悠生は幸せに生きていくのに、俺だけどうして……!
「郁実君を本当に好きなのは俺なのに……ぐぅっ、ゲホッ、ゲホッ」
涙と苦しみで地面が歪んでいく。俺は自分が吐いた花を鷲掴みにし、手の中でぐしゃりと潰した。
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