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キーコーン
始業のチャイムが、賑やかな生徒の声が飛び交う教室中に響き渡った。
それを耳にした生徒たちは、そそくさと自分の席に戻り始める。
程なくして、このクラスの担任の教師が教室に入ってきた。
地方の教育大学を卒業した鈴元香織は、幼少の頃に死に別れた姉の遺志を継いで念願の教師になっていた。
教職に就いて7年。現在はこの私立小学校2年C組の担任をしている。
教壇に立った香織は生徒たちの顔を見回して、全員が静かになるのを待っていた。
ん?
C組の教室の中に得も言われぬ異質な違和感のようなものを一瞬感じたが、ほんの一瞬だったために気にも留めなかった。
生徒が自発的に静かになることを待っている香織に気付いた生徒は、他のルームメイトに目配せして私語をやめるように促した。
C組の教室は徐々に静かになっていった。
クラスの生徒がこちらに注目したことを確認すると、香織は口を開いた。
「2時間目の国語の時間は伝言ゲームをします。」
「伝言ゲーム?」
ゲームと聞いて、テンションが爆上がりした生徒たちは、再びざわつき始めた。
「はい、はい。静かにして。
伝言ゲームは前の人の話をよく聞いて、次の人に正しく伝えないとなりません。会話の勉強になります。
分かりましたか?」
「はーい!!」
生徒たちは手を上げて口々に叫んだ。
「では、机とイスを後ろに下げて、班ごとに一列に並んで!」
「楽しそう。」
「勉強じゃないみたいっ!」
「ゲーム、ゲーム……」
生徒たちはワクワクしながら班ごとに集まった。
「先生っ!並び方はどうするんですか?」
生徒の1人が質問した。
「班の6人で話し合って決めてください。」
「分かりました。」
五つの班はワイワイ相談しながら一列に並んだ。
「では、列の一番目の人、先生のところに集まって下さい。」
各班の先頭の5人が香織の元に集まってきた。
「班の人に伝えてもらう伝言はこれです。」
香織はペーパーに書いた伝言を一番目の生徒に見せた。
「声に出さないで読んでください。」
5人の生徒は額を寄せ合って、ペーパーに書いてある伝言を一生懸命覚えた。
「覚えたら、班の列に戻って。」
一番目の生徒たちは小走りに列の先頭に戻った。
「用意はいい?
次の人以外には聞こえないように、耳打ちして伝えてください。」
「先生、早くしてっ!忘れちゃう。」
「それでは、スタート!」
ペーパーには、「ももたろうは、みどりいろのキジと、ちゃいろのサルと、しろいイヌをつれて、おにたいじにいきました。」と、書かれていた。
各班の一番目の生徒は後ろに並んでいる二番目の生徒に耳打ちして、覚えたてのペーパーの内容を伝えた。
そして、次の二番目の生徒から三番目の生徒、三番目の生徒から四番目の生徒へと伝わり、最後の六番目の生徒に伝わると、六番目の生徒は急いで香織の元にやって来て、答えを発表した。
最初にやって来たのは2班の生徒だった。
「桃太郎は……鳥、サルといっしょに鬼を倒した?」
「2班は大事な言葉が足りませんね。」
次の生徒が香織のところに来た。
「先生、1班です。」
「それでは、答えをどうぞ。」
「桃太郎は、緑のキジと茶色のサルと白い犬を連れて鬼退治に行きました。」
「はい。1班は伝えたいことが伝わっていますね。」
その後、3班と4班も香織の元に次々と回答に来たが、5班はまだ来ていなかった。
5班以外の生徒たちは、伝言ゲームが終わって、集中力が途切れたためにワイワイとおしゃべりを始めていた。
それとは対照的に、5班の生徒だけは誰一人笑顔の生徒はいなかった。
気になった香織は5班の生徒に声をかけた。
「5班のみんなは最後まで伝言出来ましたか?」
「あ、はい……」
1番後ろに並んでいた5班の生徒が慌てて香織の元に来た。
「では、聞いた伝言を教えてください。」
「えっと……桃太郎さん、意地悪しないで私も仲間にして。呪われる。」
「……えっ?呪われるって……全然違いますよ。
上手く伝わっていないようですね。」
想定外の答えに香織は困惑した。
どこでどう間違えたら、そんな答えになるの?
「……でも、そうなんです。
僕は……はっきりとそう聞きました。」
生徒は声を絞り出すように反論した。
目に涙を浮かべているその表情は、今にも泣き出しそうだった。
「田山さん、どうしたの?」
「なんか……変なんです……
よく分かんないけど……僕たちの班、6人のはずなのに7人いるんです。
ひとり多くいるけど、それが誰だか分からないんです。」
生徒の顔には恐怖の色が浮かんでいた。
◇
5班の伝言内容
一番目の生徒から二番目の生徒
「桃太郎は、緑のキジと茶色のサルと白いイヌを連れて、鬼退治に行きました。」
二番目の生徒から三番目の生徒
「桃太郎は、緑のキジ、茶色のサル、白いイヌと一緒に、鬼退治に行きました。」
三番目の生徒から四番目の生徒
「桃太郎は、キジ、茶色いサルと白いイヌと鬼退治に行きました。」
四番目の生徒から五番目の生徒
「桃太郎さん、私はここ。
知ってるくせに意地悪しないでよ。私を仲間にしないと呪われるわよ。」
五番目の生徒から六番目の生徒
「桃太郎さん、私はここにいる。意地悪しないで。私を仲間にしないと呪われ る……」
六番目の生徒から七番目の生徒
「桃太郎さん、意地悪しないで。私を仲間にしないと呪われる……」
◇
「田山さん、一体何を言っているの?」
生徒の言っている意味が理解できない香織は、5班の生徒たちの方に首を廻らせた。
6人でひとつの班にしているんだから、7人いるって何のこと?
香織は5班の生徒の顔を見ながら人数を数えた。
1人、2人、3人、4人、5人、6人……7人……
7人?
えっ?
ちょっと待って……
この状況が理解できずに急激に気持ちが悪くなって嘔吐しそうになった香織は、慌てて5班に近づいて、生徒の顔を見回した。
もう一度、一人一人の顔をしっかりと確認しながら、人数を数える。
……やっぱり、7人。
間違ってはいない。
今さらながら、生徒たちの名前を心の中で反芻した。
7人……
他の班の生徒を確認する。
私のクラスは生徒30人。
5班に分けて、ひと班に6人。
1班から4班はそれぞれ6人。
5班は7人。
生徒じゃない児童が紛れ込んでいる……
でも、誰だか分からない。
名前と顔が分かるのに、分からない。
どうなっているの?
何なの、一体?
私の生徒じゃない……
生徒の中に紛れて潜んでいる、あなたは何者?
◇
その時、香織の耳元で子供の低い声が響いた。
「香織、無視しないでよ。お姉ちゃんのことを……」
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