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聡子と話し込んでいると、会社の社長がやって来た。
スパッと引き戸を小気味よく開けて入ってくる。
「お待たせしたね!! …って、あれ?きみは…」
「はい。いつもお世話になってます。藍沢和真です」
「そうか、きみが篠原くんの彼氏なんだね?」
「違います」「その通りです!!」
「ん?違うの?篠原くんは、いい子だよ?名前で判断しちゃいけない」
「俺の好みじゃありません」
「ん〜、バッサリ。篠原くん、頑張れ」
「大丈夫です。諦めなければ、そのうち陥落しますから!!」
「えっと…俺、帰ってもいいですか?」
「「ダメ!!」」
暫くコントが続いた。
□◆□◆□◆□
散々やり散らかして、ようやく本題に入った。
「合格」
「…」
何も聞かずに、社長は言った。
「あの…」
「ん?だから、合格。藍沢くんは、採用です」
「…」
「理由が聞きたい?」
社長は、和真が座る横を指さした。
そこには、和真の道具たちがいた。
「その、きみが大切にしている道具たちを見れば分かる」
「…」
「この生業が好きかどうかがね。きみは、篠原くんと同類」
「…」
「この業界、好きじゃないとやってられない。重労働だからね。好きだから耐えられるんだ」
「そうですね。自分の父親は、建設会社を経営しています。将来的に後を継ぐつもりです」
「それは立派な事だ。篠原くん、きみは起業を目指してたよね?」
「その予定でしたけど、彼の跡目のお手伝いもいいかと」
「ああ、そうだね。嫁いだら、二人でもり立てていける」
「でしょ?社長はやっぱり話が分かってるぅ!!」
「えっと、そっちだけで話を進めないで下さい?」
戸惑う和真に、社長は説明する。
「経営は、頭を使う。膨大な懸案を瞬時に予測し、決断しなくてはいけないからね。迷っていたら取り溢してしまう。だけど、伴侶が加われば、考える頭が二つになって、労力は半分になる。仮に篠原くんが加わると、相乗効果は何倍にもなる」
「社長の奥様も、結婚してから猛勉強されたって聞きました」
「そうなんですか?」
「そうなんだ。家内は本当に努力してくれる。感謝しかない。全く知識がない状態で僕のところに来てくれたからね?関わらなくても良かったんだよ、彼女が傍にいてくれさえすれば。だけど彼女は、僕の助けになりたいって言って、色々勉強して、今では独学で取得できる資格は、ほぼ取り終えたよ」
「…すごい」
「うん。今では現場にも出たりしてる。だからね?この生業で生きて行くのなら、伴侶はよく考えた方がいい。藍沢くんは、彼女もしくは好きな子はいるの?」
「…はい。地元に」
少しだけ、今の現状が表情に出てしまう。
すると、社長はその機微に気付き、
「そうか…でも、脈は無いみたいだねぇ?」
「…っ」
「あ、やっぱり社長もそう思います?どうやら彼女、付き合ってる人がいるみたいなんです」
「ああ、なるほど。だから焦ってるのか…」
「とりあえず、就職先をさくっと決めて、地元に帰って聞いてみろって話から、社長にご連絡した次第なんです」
「そうかそうか。藍沢くん、君さえ良かったらうちは大歓迎。どうする?」
「………使って頂けるのであれば、願ってもない事ですので、宜しくお願いします」
「良かったね、和真」
とりあえず、和真の就職先は、聡子の仲介であっさりと決まった。
「講義の合間のバイトもいいよ?」
「それも、宜しくお願いします」
「ふふふー」
こうして、和真はさっそく翌週の週末、一泊二日の弾丸帰省を決行した。
帰省する当日、和真の隣には当然のように聡子がいた。
「………で?なんでお前もついてくるんだ?」
「ん?だって、新幹線取れないって言うからさ、取ってあげたんじゃない?」
「……だから」
「さ、ゴーゴー。愛しの想い人、野乃花ちゃんに逢いに行きましょー」
ついてきた聡子を、今更追い返す訳にもいかず、
和真は、渋々聡子を連れて帰省することになった。
そして今回の帰省は、柊二には知らせず、
いきなり帰ることにした和真だった。
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