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【1】仕組まれた輿入れ。
「嫌よ、嫌……!あんな冷酷公爵に嫁ぐだなんて冗談じゃない!と言うかシェリカは!?あいつの方が誕生月が早いんだから、シェリカが嫁げばいいじゃない!!」
――――――――またか。第2王女のクリスティナが癇癪を起こしている。
「しかしシェリカさまはもう婚姻の日取りが決まっておられます……!」
「うるさいわね!あんな妾子に『さま』なんて付けんじゃないわよ!あんた……あいつの手先か何か?お母さまに言い付けてやる……!」
「そんな……っ!それだけは……っ」
「うるさいわよ!」
ゲシッ
クリスティナが侍女を蹴り飛ばす。
「連れて行きなさい!」
「……かしこまりました。第2王女殿下」
近衛騎士もその横暴に渋い顔を浮かべながらも、クリスティナの言う通りにするしかなく、やむ無く侍女をクリスティナの前から引っ張り出す。
「クリスティナさまのためにどれだけ○✕※△~~……っ」
やがて侍女の叫びも遠くなる。あれで何人目だろうか。クリスティナが癇癪で侍女を追い出したのは。そしてその度に侍女は王妃ーー彼女の『お母さま』の元へ送られる。
――――――その先の末路は……。知るよしもないが。
アメシスタ王国第2王女クリスティナ。王妃の祖国である隣国の王族特有の、光の当たり加減で色の変わる不思議な髪ーーオーロラブロンドに、ピンク色の瞳を持つ彼女は常々、その美貌を合わせて宝石姫と呼ばれている。
しかしその本性は苛烈で我が儘。決して王家の外には出せない。
そんな彼女が……嫁ぐのか。まさか降嫁先が見つかるとは思っていなかったが、よりにもよって噂の冷酷公爵の元へ……。
冷酷公爵と呼ばれるのは、ヴァシリオス・アイスクォーツ公爵。若干24歳ながら、公爵家に伝わる魔剣の主に選らばれた、北部の猛将。
しかしその噂はきな臭い。魔剣の主に選ばれたがゆえに、先代公爵夫妻を自らの手で手にかけ公爵の座に就いたとか、使用人にも一切慈悲がなく、気にいらなかったら即追い出すとか。あと社交界では令嬢たちを射殺すがごとく脅えさせるとか、気にくわない貴族は滅多打ちにするとか……何とか色々とよくない噂のある方だ。
しかしそうであっても、北部は魔物のから国を守るための要所。そんな場所にあのクリスティナが嫁いで……北部は大丈夫なのだろうか。
――――――いや、もしかしたら冷酷公爵ならば彼女を扱いこなせるのだろうか。
しかし、私はもう嫁ぐ身だ。婚礼の日取りも決まっている。それも……私は東部の要所を守る辺境伯さまの元へ。
あの方は私よりも一回りも年上だから……恐らく白い結婚になる。跡取りは心配ないと仰ってくださっているし、とても優しい方で、不自由はさせないと仰ってくださった。
だからこの城にいるよりは……辺境伯さまに嫁げばクリスティナからも、王妃からも解放されるのだ。
だから、嫁ぐ日を心待ちに……そう思っていた時。
上からズカズカとした足音が響いてくる。王城でそのような下品な歩き方をするのは……。
「ちょっと……!またこんな辛気臭いもん作ってるわけ!?」
……クリスティナだ。
辛気臭いと言われても……これはポーションだ。魔物の蔓延る世界。人々は魔物に生域権を奪われぬように戦いながら暮らしている。
だからこそ討伐をする騎士や魔物による負傷者のために、必ず必要になるものなのに。
しかし王宮内で蝶よ花よと育てられたクリスティナには、それが分かっていないのか……。
ガシャンッ
テーブルの上に並べていたポーションが、クリスティナによって床に叩き落とされる。
材料費だって、ただではないのに。ポーション瓶だって専用の職人が丹精込めて作っているものだ。
欲しいものは何でも与えられてきたクリスティナにとっては、不要なもの。要らないもの。だからと言って……こんな……。
「ふん……っ、どうせならアンタがあの冷酷公爵に嫁げばいいのよ」
そう吐き捨てると、クリスティナは、新たに与えられた侍女と共に身を翻して去っていく。侍女でさえ、王妃によって次々と替えが送られてくる。彼女にとっては侍女さえも使い捨てなのだ。
それにしても……。
やっと……、去ったか。
床に散らばった瓶の欠片に手を伸ばせば、さすがに城の侍女が駆け付けてくるが、それを視線で制する。
彼女がむやみやたらに私に手を貸せば、そのしわ寄せは彼女に来る。最悪、王妃によって王宮の職を失うのだ。王妃によって王宮を追い出されれば、彼女を雇う貴族家などない。王都にも雇うものなどいない。王都にすらいられなくなってしまう。家族がいても、その家族ごと。
王宮で働くなら貴族の子女もいるが、その場合は家ごと貴族社会から干されるのだ。
王妃からどういう扱いをされるかを分かっていても、一瞬でも手を貸そうとしてくれた彼女やその家族を路頭に迷わせたくはない。
彼女も分かっているのか、悔しげな表情を浮かべながら引っ込む。
これで……いいんだ。
どうせもうすぐ辺境伯さまに嫁ぐ。嫁げばクリスティナや王妃から解放されるのだ。
ひとりで瓶の欠片を集めていた時だった。
「シェリカ……!お前何をしている!」
ハッとして顔を上げれば、そこにはプラチナブロンドの髪にアメジストの瞳を持つ、国中の女性が溜め息を漏らしそうな美貌の王太子がいた。
第1王子エーベルハルト・アメシスタ。
「……またクリスティナか」
王太子殿下はこの惨状を見て一瞬で悟ったらしい。
この人はクリスティナの実の兄、王妃の実子でありながらまだまともである。
王妃の反感を買った弟も辺境に理由を付けて逃がしてくださった。
「お前たち、これを片付けなさい」
王太子の命に、王太子の侍女たちが動くが。
「ですが、その、第2王女殿下が……っ」
何を言うか……。それに王妃さまも。
「そんな呼び方をするもんじゃない。お前は第1王女だろう」
それはそうだが……私の方が少しだけ早く産まれたというだけ。それに私は亡き側妃のお母さまの娘。正妃の子であるクリスティナたちとは違うのだ。
「それに嫁ぐ身だ。怪我でもされたら困る」
「ポーションがあります」
「そう言う問題では……とにかく、お前は嫁ぐための準備もあるだろう。そちらを優先しなさい」
「……分かりました」
王太子殿下に退出の礼をすると、私は自室に急いだ。とは言え自室に置いてあるのはワンピースと、自作のお守りやポーションくらい。あまりものを置くと、クリスティナが奪い取りに来るから……。ドレスなどおけるわけはないから、社交界にもほとんど出ていない。宝石などもっとダメだ。城下町で買った小さな小物でさえも、王宮には不釣り合いだとクリスティナが破壊していく。だがさすがに私の予算を勝手に使い込んだ時は王太子殿下にバレ、陛下に叱られて以来、使い込みはないのだけど。……使うとしても質素なワンピースやお守り、ポーションの材料くらいだが。
だから準備といったって、ワンピースやポーションなどを詰めて持っていくだけ。
……お母さまの遺品は……弟が王都から逃がされる時に、弟に持たせてあるから、辺境にあるだろう。
早く……早く辺境伯さまに嫁ぐ日に……ならないかしら……。
それだけを思い、生きてきたのだから。喉が渇き、水差しの水に手を伸ばす。
「……辺境伯さま……」
余っている材料を調合して、出来るだけバッグに詰めていこう。
辺境でもポーションは、きっと喜ばれるはずだ。辺境伯さまも……喜んでくださるだろうか。
――――――そう、思いながらも。
ふわりと意識が遠のいていく。
※※※
ゴオォォォォォォ――――――――――っ!!!!
「……っ!?」
揺れる馬車の中、意識が覚醒した途端に耳朶に響いてきたのは……まるで魔物のような咆哮だった。
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