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美しい鳥
この春、僕は白く美しい鳥と出会った。どこにでも飛んでいける眩い可能性を持った美しい鳥だ。端から手に入らないことは分かっていたから、その姿をキャンバスに収めることを願った。それだけで満足するはずだった。
なのに、筆を持つ度に僕は気付いてしまった。この鳥をもっと美しく描きたい。叔父が昴を描いたように、彼自身すら気付かない数多の魅力を引き出して、観る者を魅了するほどに。
一方で、我が身に潜む生々しい欲望に苛まれた。この美しい鳥を捕まえて我がものにしたい、己の欲で穢したいという衝動が激しく胸を突いた。
「圭人さん……俺と一緒に堕ちてくれますか」
「羽を持つのは、君だけだよ。僕はずっと地上で君を見上げてきた」
「なら、あなたのところまで堕ちていきます。受け止めてください」
今、その鳥が――手を伸ばせば届く距離にいる。一度でも触れたら、もう手放せなくなることが分かっている。そして恐らく穢してしまう。それでも、その羽に触れたくて仕方がない。
「だけど……君は柳井家の跡取りだろう?」
「柳井の一族は、父の血を排除したいんです。母は近縁の者と再婚して、2人も弟が出来ました。もう、誰も俺になんか関心ありません」
「じゃあ、また一緒に“冒険の旅”を始めてくれるかい?」
「はい、どこまでも――」
腕を広げた。その中に飛び込んできた美しい鳥は、安心したように羽を休めると、はにかみながらぎこちなく僕の唇を啄んだ。
【了】
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