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序幕
【 序幕 】
「ねえ弦ちゃん、これはどこに置く?」
持ち上げると顔がスッポリ隠れる程の花籠を持ってこう聞くのは、吉澤朱音二十歳。
ここは東京・新橋の呑み屋街にある花屋
〝フローリスト・ブーケ〟
「あー、それは配達の花だから車に入れとけ」
そう言うのはここの店主。
名前は坂崎弦 三十八歳
「わかった」
「お前もう時間だろ? 『カルメン』にも寄るから乗ってくか?」
「ホント? やたっ! 支度してくるね」
『カルメン』とは、銀座にあるゲイバーで、朱音はそこでダンサーをしている。
「いくぞ」
先に運転席に乗り込んだ弦が言う。
「うん、あ、待って。『配達中』です……っと」
朱音はそう言いながら店の前にプレートを下げた。
弦はすっかり店の作業が身に付いた朱音を見て『フッ』と笑った。
「お待たせ」
軽自動車は朱音が乗り込むと走り出した。
「僕がこっちを手伝えれば、配達中も店休まないで済むんだよね。カルメン辞めようかな……」
「オヤジの代からずっとこうやってきてんだ、今更そんな事考えなくてもいい。お前だっていつまでいるかわかんねーのに」
「え? 僕はずっと弦ちゃんといるよ……」
「そーか? どーだかな」
「何で急にそんな事言うの?」
弦は咥えタバコで真っ直ぐ前を見ている。
少しして弦が口を開いた。
「朱音は踊るのが好きなんだろ?」
「それはそうだけど」
「巌が朱音には華があるっていつも褒めてるぞ」
巌とは、弦の同級生でカルメンの経営者だ。
「……そんな事ママしか言わないよ」
「だからお前は好きな事してればいいんだよ」
そう言って弦は、朱音の頭をグシャグシャッと撫でた。
『キキィッ』
「ほら、着いたぞ」
唇を尖らせたままの朱音は、何も言わず店に入って行った。
弦は暫く運転席でハンドルにもたれ掛かったままタバコを吹かして呟いた。
「ずっとねぇ……」
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