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「借りてきたわよ!」
サトミが鍵を手に意気揚々と戻ってくると、開錠してドアを引いた。
――キィィィ……。
軋む音とともに、真っ暗闇な空間がドアの向こう側に広がる。
ヨシタカは、闇の中に危険な何かが潜んでいる気がして身震いした。
(何だろう……、とても嫌な予感がする……)
長い間閉め切った部屋の淀んだ空気が流れ出た。そこには、腐った玉子のような悪臭が混ざっている。
ヨシタカにはすぐ分かった。悪霊の臭いだ。
「閉め切っていたから、空気が淀んでいるし、部屋が冷えているね」
霊感のなさそうなサトミまで感じるほど、それは強かった。
サトミが体を入れようとしたところを咄嗟に止める。
「待って! 私が入ります! サトミさんは外にいてください!」
ここは、霊に無抵抗な人間が足を踏み入れてはいけない場所。それを瞬時に感じたヨシタカは、慌てて引き留めた。
「え? ああ、そう?」
ヨシタカの剣幕に気圧されたサトミが、思わず後ずさりして道を開ける。
ヨシタカが中に入って電気を点けると、そこかしこに半透明な亡霊たちがいた。
(思った通り。元からなのか、ここで何人か亡くなっているのか理由は分からないが、この部屋には大量の霊がいて、どれも悪霊化している)
霊にとって、ここが居心地の良い場所となってしまっているようだ。因縁があってもなくても、吸い寄せられるように集まってしまうのだろう。
ヨシタカは、たくさんの霊たちの中に知った顔がないか確認したが、どれも顔形が崩れていて判然としない。
突然の乱入者であるヨシタカに驚いたいくつかの霊は、すぐに姿を消した。
残ったのは気が強い霊たち。そいつらがヨシタカに憑依しようと襲い掛かってきた。
ヨシタカの周りをグルグル回って隙を伺っている。まるで、群れで獲物を追い詰める狼のようだ。
しかし、そんなものは今のヨシタカに通じない。
「あっちへ行け!」
たった一喝で、霊たちは蒸発するようにシュンと消えた。
悪霊たちを追い払うとミイチャムの名を呼んだ。
「ミイチャム! ミイチャム!」
いくら呼んでも出てこない。今も九十九に憑いているのだろう。
悪霊の巣窟となっているここにいないことは、彼女にとって幸運である。
「霊視してみるか」
あの日、あの時、ここで何が起こったのか。
それを知るために、ヨシタカはこの場所を霊視することにした。
サトミが腕時計を見ながら催促してきた。
「まだ? そろそろホールにいかないと、怒られちゃう」
「サトミさん、ほんの数分だけ待っていて貰えますか?」
「急いでくれる?」
「分かりました。急ぎます」
時間がない。
ヨシタカは、霊視でこの部屋の時を遡った。
ミイチャムがペットボトルに入ったジュースを飲んで苦しんで倒れる。
そこから少しだけ過去に戻す。
周囲を伺いつつ、慎重にペットボトルを持ち込む人物が現れた。
「現れた! 誰だろう?」
顔を覗き込んだヨシタカは、驚いて息を飲んだ。
「こいつだったのか」
その人物は、九十九を襲ったファンではなかったが、ライブ会場にいた内の一人だった。
まったく気に留めていなくて完全に容疑者から外していた。しかし、冷静に考えてみると、一番の利害関係者であることに違いはない。
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