クラブ・ムーンシャドウ

2/2
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
「借りてきたわよ!」  サトミが鍵を手に意気揚々と戻ってくると、開錠してドアを引いた。  ――キィィィ……。  軋む音とともに、真っ暗闇な空間がドアの向こう側に広がる。  ヨシタカは、闇の中に危険な何かが潜んでいる気がして身震いした。 (何だろう……、とても嫌な予感がする……)  長い間閉め切った部屋の淀んだ空気が流れ出た。そこには、腐った玉子のような悪臭が混ざっている。  ヨシタカにはすぐ分かった。悪霊の臭いだ。 「閉め切っていたから、空気が淀んでいるし、部屋が冷えているね」  霊感のなさそうなサトミまで感じるほど、それは強かった。  サトミが体を入れようとしたところを咄嗟に止める。 「待って! 私が入ります! サトミさんは外にいてください!」  ここは、霊に無抵抗な人間が足を踏み入れてはいけない場所。それを瞬時に感じたヨシタカは、慌てて引き留めた。 「え? ああ、そう?」  ヨシタカの剣幕に気圧されたサトミが、思わず後ずさりして道を開ける。  ヨシタカが中に入って電気を点けると、そこかしこに半透明な亡霊たちがいた。 (思った通り。元からなのか、ここで何人か亡くなっているのか理由は分からないが、この部屋には大量の霊がいて、どれも悪霊化している)  霊にとって、ここが居心地の良い場所となってしまっているようだ。因縁があってもなくても、吸い寄せられるように集まってしまうのだろう。  ヨシタカは、たくさんの霊たちの中に知った顔がないか確認したが、どれも顔形が崩れていて判然としない。  突然の乱入者であるヨシタカに驚いたいくつかの霊は、すぐに姿を消した。  残ったのは気が強い霊たち。そいつらがヨシタカに憑依しようと襲い掛かってきた。  ヨシタカの周りをグルグル回って隙を伺っている。まるで、群れで獲物を追い詰める狼のようだ。  しかし、そんなものは今のヨシタカに通じない。 「あっちへ行け!」  たった一喝で、霊たちは蒸発するようにシュンと消えた。  悪霊たちを追い払うとミイチャムの名を呼んだ。 「ミイチャム! ミイチャム!」  いくら呼んでも出てこない。今も九十九に憑いているのだろう。  悪霊の巣窟となっているここにいないことは、彼女にとって幸運である。 「霊視してみるか」  あの日、あの時、ここで何が起こったのか。  それを知るために、ヨシタカはこの場所を霊視することにした。  サトミが腕時計を見ながら催促してきた。 「まだ? そろそろホールにいかないと、怒られちゃう」 「サトミさん、ほんの数分だけ待っていて貰えますか?」 「急いでくれる?」 「分かりました。急ぎます」  時間がない。  ヨシタカは、霊視でこの部屋の時を遡った。  ミイチャムがペットボトルに入ったジュースを飲んで苦しんで倒れる。  そこから少しだけ過去に戻す。  周囲を伺いつつ、慎重にペットボトルを持ち込む人物が現れた。 「現れた! 誰だろう?」  顔を覗き込んだヨシタカは、驚いて息を飲んだ。 「こいつだったのか」  その人物は、九十九を襲ったファンではなかったが、ライブ会場にいた内の一人だった。  まったく気に留めていなくて完全に容疑者から外していた。しかし、冷静に考えてみると、一番の利害関係者であることに違いはない。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!