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メンズ地下アイドル
ヨシタカが店に入ってきた男を見た時の第一印象は、『ホスト』だった。
青みがかった金髪に青いシャドウ。カラコンまで青い。長く垂らした前髪がウザい。
「あんたが、最近この界隈で一番当たるって評判の占いバーテンダー?」
不躾で言葉遣いも無教養。敬語って何? って世界で育ってきたんだろうなあというのが、初対面となるヨシタカの感想だった。
しかし、今はお客様である。一介のバイトバーテンダーに敬語は不要と割り切る。
「いらっしゃいませ。占いをご希望ですか? ワンドリンクでサービス致します」
「じゃあ、シャンパン!」
「かしこまりました」
ヨシタカは、シャンパンをグラスに注ぐ。金色の泡粒が美しく、筋を作って立ち上っていく。
それを音を立てずに優雅な所作で男の前に差し出した。
男は、気取ってグラスを二本指でつまみあげると一気に飲み干した。そして、ふんぞり返って命じた。
「さあ、俺様を占え」
――あんたは何様だ?
癪に障ったヨシタカは、むしろいつもより徹底的に視てやろうと考えた。
「お客様のお名前と生年月日を伺ってよろしいですか?」
「占いに必要なのか?」
「精度が高まります」
ヨシタカが真顔で返すと、男は、しょうがねえなという顔になる。
「1999年1月1日生まれ。名前は倉舘一郎。おっと、この名前は誰にも言わないでくれよ。仕事では九十九夢月と名乗っている。夢の月と書いてムーンと読むんだ」
「勿論誰にも言いません。お使いになっているのは源氏名ですね」
「違う。芸名だ」
「芸名? お客様は芸人さんか何かですか?」
「違う!」
お笑い芸人に間違われたことがよほど不愉快だったのか、九十九は目を吊り上げてムスッとした。
「メンズ地下アイドルだ」
「メンズ地下アイドル?」
「俺の仕事はファンの子たちに夢を与えること。だから、ここで話すことは全部口外禁止だぞ。俺はファンタジーの世界の住人ってことになっている」
「承知致しました」
頭の中がファンタジーだなと突っ込みたいところだったが、グッと堪える。
メンズ地下アイドルなるものを初めて身近に見たが、ホストと大して変わらないなとヨシタカは思った。
「では、多くのファンがいらっしゃるんですね」
「そうだ。俺はナンバーワンだからな」
「素晴らしいですね。で、何を占いましょうか?」
九十九は、ガラリと雰囲気を変えて深刻な顔になり、声を潜めて打ち明けた。
「最近、何かの物の怪か悪霊に憑かれているような気がしてならないんだ」
「そう思われる理由がありますか?」
「常時、誰かに見られている気がする」
「アイドルは人の想いを集める商売ですから、ファンの方じゃないですか?」
「それとは違う。言葉で言うのは難しいが、寒気がするんだ。家に一人でいる時、特に感じる。それに、俺以外誰もいないのに、物音やうめき声が聴こえてくることがある」
「それは怖いですね」
「そうだろ? それだけじゃない。やたらと小さい事故に遭うようになった。このままだと、いずれ大事故に巻き込まれるような気がしてならない」
「誰かの恨みでも買っているのかもしれないですね」
「もう限界なんだよ。だから占いで視て欲しい。霊視が出来るんだろ?」
九十九は、青ざめた表情をヨシタカに向けた。
いくら気取ってアイドルを標榜していても、得体の知れない恐怖に慄くところは普通の人と同じである。
「確かに、今の話を聞いていると霊障に思えますね」
「やっぱり?」
「誰かが九十九さんに生霊を飛ばしているのかもしれません。しかし、アイドルの宿命といいますか、必ずしも悪意がある訳じゃなく、募る想いによって無意識に念を飛ばすこともあります」
「どっちにしてもいい迷惑だ! すぐに視て取り除いてくれ!」
「あ、私は視えるだけで、取り除くことは出来ないんです」
「で、出来ない⁉」
「はい。視えるだけです」
「何だよ! 役立たず!」
さすがにカチンと来たが、横でマスターが見ている。
「役立たずで、申し訳ございません」
精一杯怒りを抑えて、平身低頭で謝った。
九十九は、「あー……」とうめきながら肩を落とした。救ってもらいたくて、実力不明でも多少は期待してきたのだろう。
その時、九十九の背後に金髪の女の霊が現れた。
「おや?」
女は、汚れた水色のカクテルドレスを着ていて、ヘアスタイルも無残に崩れて乱れている。
おそらく、死んだ時の状態で出てきているのだろう。
その悲惨な姿から、普通の死に方をしていない気がした。
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