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エピローグ 神をも欺きし者
鋭い爪を箱舟の船縁に打ち込み、這い上がってきたのは、二匹の猫だった。
青い右目と金の左目がギラギラと輝く、両耳と尻尾が茶色の猫。
二匹の尻尾は、甲板に上がったとたん、緑色の光を発し、三つに裂けた。
「何だ、君たちは?」
「見た通りの猫さ。
洪水が起きたから妻と一緒に泳いでいたら、この船を見つけたので、船体をよじ登ってきた」
箱舟の男に、二匹のうち体の大きな方、雄猫が、ガラガラ声で答えた。
「なんてことだ。塩水にやられて、声がつぶれちまった」
「君たちは、神が起こしたあの嵐の海を泳ぎきったのか!?」
「ふん。なめてもらっちゃ困る。
オレら夫婦は洪水が起きるまでは、海を制する猫族の王と女王だった」
「でも、どうやって…」
「イルカやクジラのように、食べる魚の体内水分をとって渇きをいやしたのさ。
それにオレたち一族の体毛は、一本一本に脂がいきわたり水を弾く。
そのため他の猫族より、体は厚い脂肪で覆われている。
さすがに、永遠と思われた嵐の海の中を生き残る体力を持っていたのは、一族でオレたち夫婦だけだったがな。
それにしてもオレたちの尻尾、どうして三つに裂けたんだ?」
「困ったな。動物は一種ずつの夫婦しか、この船に乗せられない。
猫はもういる」
「おい、降りろと言うなら、オレにも覚悟があるぜ」
海を制する猫族の王は、牙と両前足の爪を剥き出した。
「分かった。でもひとつ、約束をしてくれ。
この船に乗っている動物は、水が退いた後、地上の隅々まで命を伸ばすよう、神様に命じられている。
だが、君たちの乗船は、神様の計画外だ。
この船から降りた後、君たちの子孫は、その場所から遠くには住まないと、約束してくれ」
「遠くとは、どのくらいの距離だ?」
「それは……。そうだな、船が着いた地点を起点に、太陽が昇り沈むまでに、君が走ってたどり着けるまでの距離でどうだ?」
「日の出から日没まで走らせたら、オレはよほど遠くまで行けるぜ。
それでも海からは、遠く離れることになるかも知れないが……。
いいだろう。オレはそのことを子孫に伝え、最初に着いた場所から、遠くには住まないことを約束する。
でも、何万年も過ぎた後、お前の子孫が約束を忘れて、オレの子孫を世界に連れだしたら、それはお前たち人間の責任だからな」
「我が子孫は、私の言葉を忘れるほど愚かではない」
「だったらいいがな」
猫はそう言って微笑んだ。
数か月後。箱舟は水面から顔を見せたアララト山の頂に乗り上げた。
(誕生編は終わりますが、 To be continued)
2月上旬から、ビースト・キリスト」「学園編」を連載開始します。
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