プロローグ

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               第1章               プロローグ 「はあ……はあ……」  俺は狛江にある1ⅮKのアパートに帰宅する。いや、この場合は“帰還”と言った方が正しいのかもしれない。『人生』というクソゲー内の『労働』というクソみたいな半強制イベントからようやっと解放されたのだから!    それにしても、俺が勤めていた会社というのは、絵に描いたようなまでに見事なブラック企業だった。長時間残業、休日出勤などは当たり前、上司や先輩社員からのパワハラは日常茶飯事、有給休暇というのはあくまでもフィクションの話、そもそも低すぎる給料……挙げ始めたらキリがない。なかなか精神を病まない自分を呪ったものだ。  しかし、それらももうすべて過去の話……。そう、俺はつい先ほどそのブラック企業を辞めてやったのだ! 「お前なんか雇ってくれるところないぞ!」  元上司にそのようなことを言われた。お決まりの台詞だ。俺は言い返してやった。 「こんなとこ、いつまでも続かねえよ!」  気分爽快とはまさにこのことではないだろうか。唖然としていた元上司の間抜け面を思い出すとニヤニヤが止まらない。帰り道、不審者として通報されるのではないかと内心ヒヤヒヤしながら、家に帰ってきた。 「ただいまー!」 「おかえり~!」  ……などと言うのは幻聴である。別に同棲中の可愛い彼女が明るく笑顔で出迎えてくれるわけではない。そもそも彼女などいないしな。だが、それくらい気分は晴れやかだったのだ――転職先も決まっていない、貯金もほぼゼロに等しい状況ではあるのだが――俺が数年に及ぶ劣悪な労働環境からの脱出を決めたのには理由がある。 「ガラガラ……ペッ!」  俺は手洗いとうがいを手早く済ます。 「ふう……!」  堅苦しいスーツやズボンを脱ぎ捨て――一応ハンガーにはちゃんとかける――Tシャツとパンツ一丁になる。 「……おっと、あれを忘れちゃ駄目だよな……」  冷蔵庫を勢いよく開け、キンキンに冷えた缶ビールを取り出し、帰り道のコンビニで買ってきたつまみ類とともにテーブルにドンと置く。 「さて……!」  ゲーミングチェアに腰かけた俺は、パソコンを起動させる。そして“あれ”がしっかりとダウンロードされていることを確認する。 「よし!」  俺は満足気に頷く。そう、俺が何故この日に退社したかというと、今日が、全世界待望のゲーム、『レジェンドオブインフィニティ』の発売日なのだからである。子どもの頃から趣味などほぼ皆無に近い俺だが、『レジェンドオブ』シリーズの新作となれば話は別だ。俺はこのゲームシリーズを第一作から欠かさずプレイしている。心の底から愛していると言っても決して過言ではない。何故、このゲームに心が惹きつけられるのかというと……“自由度”が半端なく高いのだ。  ゲームのジャンルを大雑把に言ってしまえば、『本格的ファンタジーRPG』なのだが、『勇者』として、世界平和を目指してもよし、反対に『魔王』として、世界征服を目論んでもよし、武器や商品などを扱う『商人』として、世界を裏から牛耳る富豪になるもよし、『剣豪』として、武の道をストイックに追及するもよし、『賢者』として、魔法などを学術的に研究するもよし、『魔法使い』、『拳法家』、『農民』、または『盗賊』、『遊び人』などになってもよし。さらに言うなら、『エルフ』、『ドワーフ』、『ゴブリン』、『オーク』など、人間以外の種族になってもよし。とにかく多種多彩な生き方を送ることが出来るゲームなのだ。 「ふむ……」  俺は考え込む。このゲームは自らの分身たる、いわゆる『アバター』を作成することが出来る。身長、体重はもちろんのこと、性別や肌の色、髪型や顔つきまでかなり細かいところまで設定出来る。この作成作業で一日以上時間を使ってしまうこともままある。  だがしかし、だがしかしだ、このゲームはそういうオリジナル主人公だけでなく、既存の魅力的なキャラクターから一体を選択して、そのキャラクターを自由に動かすことも出来るのだ。百近い国や地域、勢力に属する、数千ものキャラクターの生涯を体験出来るのだ。それこそ、勇者で経験値をためて、レベルアップしていく『王道』を進むことも、魔王で圧倒的な力で敵対者をねじ伏せていく『覇道』を歩むことも、レアモンスターとなって、雑魚モンスターやモンスターを狩ろうとする者を捕食する『邪道』を行くことも出来る。 「う~ん……」  俺はゲーミングチェアの上で胡坐をかいて、腕を組んで考える。オリジナルキャラクターを作成しても、既存のキャラクターを選んでも、どうプレイしても楽しいゲームではあるのだ。しかし、数年間新作を待っていたのである。ここはもう少し思案のしどころであろう。 「……そうだな……」  俺はマウスを動かし、世界地図の東端に位置する小島の辺りをクリックする。小島についての情報が出る。ふむふむ……近隣の大きな島の管理下には置かれているが、主に流刑地として使われていると……。噂では莫大な財宝が眠っているとか……⁉ な、なんだって⁉ うん、何々……『※あくまでも噂話である……』か。これは島ごと掘り起こしても財宝が一切出てこないパターンだろうな……。シリーズを遊び尽くしているから、このメーカーのやり口はよく分かっている。だがちょっと待てよ……ワンチャン財宝を掘り当てれば、一気に金持ちルートに入れるんじゃないか? このゲームでも当然金は大事だ。あるに越したことはないだろう。 「思い切ってやってみるかな……うん……? な、なんだ? 頭が……⁉」  突然、俺の視界はぼやける。フラフラとなった俺はゲーミングチェアから転げ落ちて頭を打ってしまう。 「むっ……こ、ここは……⁉」  俺は目を開けて驚く。砂浜に倒れ込んでいたからだ。全裸で。
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