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それにしても、カケルは迂闊だったと自分の行動を思い返す。
管理者権限で強引に侵略機械を止めたのは、司書家ここにありと宣言しているようなものだ。もう少し慎重になっても良かった。しかし、あの緊急事態で、隠蔽する余裕が無かったことも事実だ。
「……姫様は、俺がもし本当に司書家だったら、何をして欲しいんですか?」
気を取り直して、質問に転じる。
カケルの正体を暴いたからには、何か目的があるはずだった。
「ここエファランにも、遺物があります。カケルくんなら、封を解けるかもしれません。解けなければ、あなた自身が言う通り司書家ではないということになるでしょう」
まるで試すような提案だ。
しかし、遺物というのが何なのか、カケルは気になった。
「え~と。その遺物って一体」
「善は急げ、ですね。早速、見に行きますか」
リリーナは立ち上がり、一行に外に出るよう促した。
護衛たちに囲まれながら移動を開始する。
彼女はカケル達を連れ、中庭の泉の前に案内した。そこは建物に囲まれた小さな区画で、サークル状に積まれた石の中に、紺碧の水がこんこんと湧き出している。水は透明で澄んでいるが、泉の底はどこまでも深い青に染まっていて果てが無かった。
「深っ、底が見えないじゃない」
イヴが無遠慮に泉を覗き込んで歓声を上げる。
「勝手に近付いていいんですか……?」
「ふふ。まあ、いいんじゃないかしら。イヴですもの」
恐る恐る聞いたカケルに、リリーナはころころ笑って答える。
「それに、この泉の主は、私ではありません」
「へ?」
「カケル、泉の底から、ぶくぶく泡が……きゃっ」
泉の水面に泡が立ったかと思うと、急に中央が盛り上がった。
噴水のように水柱が上がり、イヴがずぶ濡れになる。
「この泉は、竜の止まり木の根元、嘆きの湖と繋がっているのよ。そして、湖には、ある古代種の水竜が棲んでいるの」
水柱の中から、黒銀の竜の頭がにゅっと現れる。
頭だけで泉の大半を占領しているので、本体はきっととても大きいのだろう。首が長い体格で、胴体は水底にあるのだろうと思われた。
「こちらはその、湖の主のラクス様です」
『……いきなり呼び出したかと思えば、なんだ、このガキどもは』
黒竜は不機嫌そうに喋る。
「ラクス様がお待ちになっていた、司書家……かもしれない方ですわ」
リリーナが優雅に片手を上げ、カケルを指した。
そうか。リリーナの知識は、この古代種の竜からもたらされたものだと、カケルは気付く。古代種は数千年生きているという噂がある。もし本当なら、この世界の歴史の生き証人だ。
『ふん。人間は、嘘を付く。騙す。隠す。変化する。司書家の血族なんてものが、この世に存在するか疑わしいものだ』
「あら、待っていると言ったのは、ラクス様では?」
『技術は進歩する。血族であることを示すDNAも、家名を示す生体認証も、もはや信用がおけぬ。ただ、時を経ても変わらないものがある。小僧、そなたが司書家だと言うことを、我に証明してみせよ』
ラクスという黒竜は、金眼でぎろりとカケルを睨む。
「証明って、どうやって」
黒竜は、鼻先を使って器用に水中の石を持ち上げた。
ふちは少々歪んでいるが、平らで四角い石だ。
表面には、点と線で何かの模様が刻んである。
『この石板が何を示しているものか、回答せよ』
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