おかえりなさい

6/10
48人が本棚に入れています
本棚に追加
/87ページ
 石板を足元に置かれ、カケルは困惑した。  点と線が掘られた黒い石板は、何かの星図を表しているかのような、あるいは芸術家が無作為に彫りつけた絵のような、独特の佇まいだ。  イヴがしゃがんで石板をつつく。 「点と線に法則性があるとか? あるいは、点を結んだら何かの図像が浮かび上がるとか?」    彼女の推測は、これがパズルであるという考え方に基づくものだ。  カケルは顎に手をあてて思考する。  いや、これはパズルではない。司書家(ライブラリアン)かどうかを試す試験であるなら、パズルである訳がないのだ。パズルなら誰でも解けてしまう。それでは司書家(ライブラリアン)の証明にはならない。 『ぷはっ』    鞄の底から、こっそり持ってきた白竜が顔を出した。  イヴとオルタナがぎょっとする。  白竜には動かないよう言っておいたのに、我慢できなかったらしい。しかし、今はちょうど良いタイミングだった。 「モッチーくん、ちょっと手伝って」 『カケル様、そのネーミングは』 「白餅だからモッチー。何も問題ないよね」    カケルが言うと、白竜は諦めたように項垂(うなだ)れた。 『……何をすれば良いので?』 「ちょっと俺の補助脳の代わりをしてくれない? 俺の補助脳、ずっと壊れちゃっててさ」    補助脳とは、船団の人間が生まれた時から体に埋め込んでいる、生体コンピューターだ。機械の計算機能やデータ保存の良いとこ取りをするため、コンピューターを持ち歩くのではなく、体に埋め込んでいる。  この星に降りたって竜になった直後、カケルはイヴの言葉が分かるのに、自分からは言葉を話せなかった。その理由は、自動翻訳する補助脳が壊れていたからである。  エファランに来てから、記憶領域(スフィア)に溜め込んだデータが使えなくてだいぶ苦労をした。カケルは幼少の頃から、興味のあるデータを何でもそこに突っ込んでいたから、宝の山だ。もしかすると儀式に失敗したのは、無為なデータを溜め込み過ぎたからかもしれない。  とにもかくにも、白竜に補助脳の代わりをしてもらって、記憶領域(スフィア)からデータを取り出せれば、司書家(ライブラリアン)として十全に能力を発揮できるだろう。 「記憶領域(スフィア)の十一番データベースに、二十世紀の地図情報が格納してあるから、片っ端から照合して」 『二十世紀に限定されるのは何故ですか?』 「この石板を作ったのは、人が宇宙に上がった時代、少なくとも二十世紀より後の人間だと仮定する。姫様の話の通り、宇宙に旅立った人間の子孫にあててのメッセージなら、星の竜の災厄より前の世界を知っている事が証明となる。ましてや、司書家(ライブラリアン)なら、過去の地理データを持っていて当然だから」    そう言い放つと、リリーナと、黒竜ラクスは驚いた様子を見せた。   『……照合完了』  白竜はカケルにくっついて、記憶領域(スフィア)を検索してくれていた。  空中に地図のホログラムを投影して、結果を説明する。 『点は、暗黒大陸北部の国イーディプトの都市群と一致しました。線は国境と一致しています』 「うん。じゃあ、答えは明らかだ」  案外、簡単だったなと、カケルは思う。   「本当に司書家(ライブラリアン)かどうか試す問題だったね。この石板は、旧世界で一番古い図書館の場所を示している。人は記録を付けて他者と情報を共有することで、野の獣から自然を支配する唯一最強の種に成り上がった。最初の頃は、木や石に文字を彫りつけていたんだ。やがて紙というものが登場し、情報はより軽量化され、整理されるようになった。図書館は、人の記録を集積する場所。かつて司書家(ライブラリアン)の本拠地だった場所だ」  ちがう? と黒竜を見返す。  その場にしばしの沈黙が落ちた。 『…………本当に、本物を連れてくるとは』  黒竜はややあって呻いた。 『永年受け継がれていくものは、血でも家名でもなく、信念、為すべきこと、その想いの根幹である。過去の痕跡を明らかにし、その謎を紐解く者。お前は、まぎれもなく司書家(ライブラ)の末裔のようだ』  カケルは苦笑する。  脱走した自分が、司書家(ライブラリアン)としての使命を負うなんて皮肉でしかない。  過去の記録を受け継ぐこと。  それが司書家(ライブラ)にいた時、後継者だったカケルに与えられた任だった。  
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!