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石板を足元に置かれ、カケルは困惑した。
点と線が掘られた黒い石板は、何かの星図を表しているかのような、あるいは芸術家が無作為に彫りつけた絵のような、独特の佇まいだ。
イヴがしゃがんで石板をつつく。
「点と線に法則性があるとか? あるいは、点を結んだら何かの図像が浮かび上がるとか?」
彼女の推測は、これがパズルであるという考え方に基づくものだ。
カケルは顎に手をあてて思考する。
いや、これはパズルではない。司書家かどうかを試す試験であるなら、パズルである訳がないのだ。パズルなら誰でも解けてしまう。それでは司書家の証明にはならない。
『ぷはっ』
鞄の底から、こっそり持ってきた白竜が顔を出した。
イヴとオルタナがぎょっとする。
白竜には動かないよう言っておいたのに、我慢できなかったらしい。しかし、今はちょうど良いタイミングだった。
「モッチーくん、ちょっと手伝って」
『カケル様、そのネーミングは』
「白餅だからモッチー。何も問題ないよね」
カケルが言うと、白竜は諦めたように項垂れた。
『……何をすれば良いので?』
「ちょっと俺の補助脳の代わりをしてくれない? 俺の補助脳、ずっと壊れちゃっててさ」
補助脳とは、船団の人間が生まれた時から体に埋め込んでいる、生体コンピューターだ。機械の計算機能やデータ保存の良いとこ取りをするため、コンピューターを持ち歩くのではなく、体に埋め込んでいる。
この星に降りたって竜になった直後、カケルはイヴの言葉が分かるのに、自分からは言葉を話せなかった。その理由は、自動翻訳する補助脳が壊れていたからである。
エファランに来てから、記憶領域に溜め込んだデータが使えなくてだいぶ苦労をした。カケルは幼少の頃から、興味のあるデータを何でもそこに突っ込んでいたから、宝の山だ。もしかすると儀式に失敗したのは、無為なデータを溜め込み過ぎたからかもしれない。
とにもかくにも、白竜に補助脳の代わりをしてもらって、記憶領域からデータを取り出せれば、司書家として十全に能力を発揮できるだろう。
「記憶領域の十一番データベースに、二十世紀の地図情報が格納してあるから、片っ端から照合して」
『二十世紀に限定されるのは何故ですか?』
「この石板を作ったのは、人が宇宙に上がった時代、少なくとも二十世紀より後の人間だと仮定する。姫様の話の通り、宇宙に旅立った人間の子孫にあててのメッセージなら、星の竜の災厄より前の世界を知っている事が証明となる。ましてや、司書家なら、過去の地理データを持っていて当然だから」
そう言い放つと、リリーナと、黒竜ラクスは驚いた様子を見せた。
『……照合完了』
白竜はカケルにくっついて、記憶領域を検索してくれていた。
空中に地図のホログラムを投影して、結果を説明する。
『点は、暗黒大陸北部の国イーディプトの都市群と一致しました。線は国境と一致しています』
「うん。じゃあ、答えは明らかだ」
案外、簡単だったなと、カケルは思う。
「本当に司書家かどうか試す問題だったね。この石板は、旧世界で一番古い図書館の場所を示している。人は記録を付けて他者と情報を共有することで、野の獣から自然を支配する唯一最強の種に成り上がった。最初の頃は、木や石に文字を彫りつけていたんだ。やがて紙というものが登場し、情報はより軽量化され、整理されるようになった。図書館は、人の記録を集積する場所。かつて司書家の本拠地だった場所だ」
ちがう? と黒竜を見返す。
その場にしばしの沈黙が落ちた。
『…………本当に、本物を連れてくるとは』
黒竜はややあって呻いた。
『永年受け継がれていくものは、血でも家名でもなく、信念、為すべきこと、その想いの根幹である。過去の痕跡を明らかにし、その謎を紐解く者。お前は、まぎれもなく司書家の末裔のようだ』
カケルは苦笑する。
脱走した自分が、司書家としての使命を負うなんて皮肉でしかない。
過去の記録を受け継ぐこと。
それが司書家にいた時、後継者だったカケルに与えられた任だった。
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