またのお越しをお待ちしております

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またのお越しをお待ちしております

それからどのくらいの時間が経ったかわからない。 エイトがぼんやりと目を開けると、そこには横になったままのカズの姿があった。 全身がだるい。 おまけに身体のあちこちには二人が放った粘液がまとわりついていた。 「カズ…」 エイトの声を聞いた瞬間、カズはゆっくりと目を開けた。 「エイト、さん…」 「大丈夫か?」 「うん。エイトさんは?」 「平気だ。カズ、今日は本当にお前と会えて良かったよ」 「僕も、こんなに幸せな気持ちになったの、初めてです」 二人は互いの健闘を称えるかのように、優しいキスを交わす。 ボロボロの身体を引き摺る様に二人は広い風呂場へと向かう。 すっかり冷めてしまったお湯に真っ先に入ってしまったカズは心臓が止まる思いをしてしまった。その姿を見て、エイトは爆笑していた。 改めてお湯を張り替えて、二人は身体をくっつけ合いながら、余韻に浸った。 楽しかった時間はあっと言う間。 二人は名残惜しむように、洋服に袖を通す。 「また、エイトさんとここに来たいです」 カズはにっこりと笑いながら、そう言った。 「そうだな」 エイトもやや照れくさそうにつぶやいた。 二人は部屋の出口にある精算機の前へと向かう。 「カズはお金出さなくて良いよ」 「えっ、駄目ですよ!ちゃんと割り勘にしましょう!」 二人がそんなひと悶着を繰り広げていると、精算金額が表示されたのだ。 【0円】 その数字に二人は動きを止めた。 いやいや、何かの間違いだろうと。 これだけ利用してタダって事はなかろう。 有名な場所と聴いて居たが、システムはポンコツなのかと二人は心配になった。 「あれ?」 二人はよくよく画面を見てみると、金額の上部に何やらアルファベットが表記されていた。 【TP:5000】 戸惑う二人をよそに、ガチャっという金属音が遠くの方で聴こえた。 「え、ええ!?」 「出て良いってこと? ホントに?」 全く腑に落ちないまま、二人は逃げる様に部屋を後にした。 大きな音を立てて車のドアが閉まる音が響く。 「エイトさん。ここって確か、変な割引が適用されるって前に教えてくれましたよね」 「あ、ああ。確かそう。見られる程安くなるシステムだったような…」 「じゃ、じゃあ。さっきの数字って」 カズの言葉に二人は途端に顔を赤らめてしまい、身体を突っ伏してしまった。 『は、恥ずかしッ!』 先程までベッドの上で繰り広げられていた卑猥なアクロバティック競技。 それを覗かれていたと思うと、今すぐ逃げ出したい気持ちになった。 でも、そんな気恥しさ以上に、二人は互いの全てを知れたような感じがして嬉しくなった。 同じ頃、アプリ上では沢山のコメントと愛に溢れかえっていた。 どれも素敵だったとか、可愛かったとか、萌えたとか、また来てねなどと、一大ビックウェーブが巻き起こっていた。 勿論、二人はこの事を知る由もないが。 その甲斐もあって、滅多に叩き出す事のないTP(テイマーポイント)を獲得したのだ。 所謂、TPとは感動の対価である。 これこそが、ホテル・フォックスセイムのもう一つの特徴である。 芸術を生み出した者達への感謝の還元だ。 この仕組みが、需要と供給のバランスを維持し、この新しいビジネスモデルを確固としたものへと昇華させているのである。 それがこのホテルの人気たる由縁なのだ。 エイトは車のエンジンをかける。 その音に反応して、シャッターの扉が徐々にせり上がって行き、柔らかな西日が差し込んだ。 それはまるで、二人の温かな未来が続くような光に見えた。 「カズ、せっかく俺の地元に来たんだ。飯、食ってこうぜ!」 「は、はい! 運動したんで、お腹空きました」 「ハハハ。そうだな」 和やかな気持ちのまま、車は軽やかに走り出した。 二人がそれぞれの本当の名前を知る事が出来たのは、この後すぐだったことは、最早、自明の事であろう。 何億と言うヒトの中から奇跡的に邂逅出来た二人のこれからを応援するかのように、ホテル・フォックスセイムは彼らを乗せた車が見えなくなるまで、優しく見送るのだった。 またのお越しをお待ちしております。 そんな優しい声が聞こえて来るかのように。
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